ラマン分光顕微鏡で実現する 非破壊・非染色・溶液中の 高速イメージング

ラマン分光顕微鏡で実現する 非破壊・非染色・溶液中の 高速イメージング

これまでの組織や細胞の顕微鏡による観察は、抗体でターゲットタンパク質などを検出したり、透明標本であれば位相差顕微鏡や電子顕微鏡などで詳細な形を観察することが主流で、生体試料の深部まで非破壊かつ非染色で観察することは困難であった。
しかし、2014 年度英国女王賞(Queen's Award for Enterprise)の革新部門賞を受賞したinViaラマンマイクロスコープは、ラマン分光分析の技術とStreamLine™ 技術によりこれらの課題をクリアし、今まで見ていたものとは異なる新しいバイオイメージングの世界をもたらそうとしている。

ラマン分光分析、材料科学からバイオへ

inViaラマンマイクロスコープ(図1)は、深紫外から近赤外までの励起光源による分子の結合振動を測定することで、サンプルの化学構造と構成を分析し高速でケミカルイメージを生成することができるラマン分光分析装置である。バイオ分野では聞きなれない「ラマン分光」とは、そもそも何だろうか。
物質に光が衝突すると一部が散乱され、その散乱光にはごくわずかながら入射光とは異なる波長が含まれている。チャンドラセカール・ラマン博士が、この散乱光は物質に含まれる分子ごとに固有の振動数を持つことを発見し、「ラマン効果」と名付け(図2)、この発見で1930年にノーベル物理学賞を受賞している。ラマン散乱光には物質に含まれる分子の情報が詰まっており、これを波長ごとに分け横軸を入射光との波数の差、縦軸を強度としたものをラマンスペクトルと呼ぶ。このスペクトルから化学結合の種類や物質の同定、結晶化の程度、分子の濃度などの情報を読み取ることができる。例えば、結晶シリコン太陽電池パネルのラマンスペクトルのシフトを見ることで、シリコン基板のどこにストレスがかかって結晶構造に歪みが生じているのかが分かる。この情報を位置情報とあわせた画像データとして表すことで、劣化位置を特定することができる。

図2 物質に光が照射された時に見られる散乱光の様子

図2 物質に光が照射された時に見られる散乱光の様子


生体試料でラマンスペクトルをとると、チミン、ウラシル、フェニルアラニン、脂質、核酸など、細胞に含まれる物質固有のピークパターンが合計されたスペクトルが得られる(図3)。各物質の固有ピークパターンは既知なので、多変量解析を行うことで、細胞の種類の判別や、病変による組織の変化を識別できるというわけだ。
ラマン分光分析で生体試料の解析を行う時のひとつの問題がレーザーを照射しなければならない点だ。スペクトルをとる時に長時間レーザーを照射すると、サンプルへのダメージが大きくなる。その課題を回避できるようにしたのが、レニショー独自の高速イメージング技術StreamLine™ 技術だ。サンプルステージを高速かつ正確に制御しながらサンプルにレーザー光を当て、その散乱光を複数ヶ所で同時に検出できる。そのため照射時間が短くなりサンプルダメージを低減できた。1μm以下という高い空間分解能でのイメージングを可能にしている。
図3 ヒトES細胞のラマンスペクトル

図3 ヒトES細胞のラマンスペクトル

非染色でみる脳組織のラマンイメージ

ラマンイメージングにおいて特筆すべき点は、透明な細胞や複数の細胞種が混在している組織の観察を簡単な前処理のみで始められ、細胞の内部構造や細胞の種類の判別を行うことができることだ。
図4はinViaラマンマイクロスコープでマウスの凍結脳切片を水で洗浄後測定し、主成分分析(PCA)により可視化したものである。神経細胞のスペクトルの特徴をもつ細胞群を明るい水色に、グリア細胞のスペクトルの特徴をもつ細胞群を緑色、神経突起のスペクトルの特徴をも部分を紫色に示している。これらをそれぞれ蛍光染色像と比較してみると、細胞の分布に高い相関がみられた。これまでの抗体を用いた組織染色による細胞の判別に比べ、ラマンイメージングでは簡便に細胞の種類を判別できるので、非破壊・非染色で解析する必要のある研究でその力を大いに発揮するはずだ。また、図4の実験では、ラマン顕微鏡で観察した後に蛍光組織染色を実施している。このように、観察後、他の実験を継続して行える点も大きな特徴だ。

図4 海馬と線条体における蛍光顕微鏡像とラマン顕微鏡像の比較 蛍光顕微鏡像での神経細胞(緑)とグリア細胞(赤)は、ラマン顕微鏡像の神経細胞(水色)とグリア細胞(緑)に対応しているのがわかる。海馬の傾向顕微鏡像の四角の枠がラマン顕微鏡像の全視野に相当する。ラマン顕微鏡像の紫色は神経突起。

図4 海馬と線条体における蛍光顕微鏡像とラマン顕微鏡像の比較
蛍光顕微鏡像での神経細胞(緑)とグリア細胞(赤)は、ラマン顕微鏡像の神経細胞(水色)とグリア細胞(緑)に対応しているのがわかる。海馬の傾向顕微鏡像の四角の枠がラマン顕微鏡像の全視野に相当する。ラマン顕微鏡像の紫色は神経突起。

さらに広がるアプリケーション

図5 抗がん剤paclitaxelの細胞内分布のタイムラプス 時間経過により分散状況が変化していることが分かる。10分後には細胞内に顆粒(赤矢印)が現れ、4時間後には細胞膜に突起物(青矢印)が観察された。これらからアポトーシスの初期段階でみられる細胞内顆粒と膜ブレブ形成が示唆された。

図5 抗がん剤paclitaxelの細胞内分布のタイムラプス
時間経過により分散状況が変化していることが分かる。10分後には細胞内に顆粒(赤矢印)が現れ、4時間後には細胞膜に突起物(青矢印)が観察された。これらからアポトーシスの初期段階でみられる細胞内顆粒と膜ブレブ形成が示唆された。

水溶液中のサンプルも観察できるため、培養中の細胞をシャーレに入れたままの状態での細胞内部の観察や、経時的な変化が追跡できる。発展的な使い方として、高い空間分解能を活かした、細胞内の薬剤動態を観察した事例もある。図5は乳がん細胞に抗がん剤paclitaxelを添加した時の細胞内分布を経時変化をみているが、薬剤の分布が徐々に変化していることがみてとれる。さらに個体での薬物動態でも事例が蓄積されつつある。評価レベルの実験ではあるが、in vivoでマウス体内に注入したサンプルの状態を観察することに成功している。
医療の臨床分野での応用では、すでにがん状態、前がん状態、正常組織の識別、分類もできており、これは迅速性が求められる医療現場で大きな意味を持ってくる。従来の顕微鏡に加えてラマン分光顕微鏡を選択肢に入れることは、基礎研究から臨床などの応用の現場まで、生体観察の可能性をさらに広げてくれるはずだ。

レニショー株式会社 ラマンシステムグループ

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