ヒストンをめぐる 謎解きのおもしろさ

ヒストンをめぐる 謎解きのおもしろさ

八量体の構成と修飾のパターンで細胞内に多様な変化をもたらすヒストン。
その翻訳後修飾の経時変化観察と立体構造は、エピジェネティックなダイナミクスを理解するための大きなヒントを与えてくれる。それぞれの分野を牽引する東京工業大学木村宏氏、早稲田大学胡桃坂仁志氏に講演いただいた11月4日開催のセミナーでの話は、ヒストンをめぐる細胞内の謎解きのおもしろさを改めて実感させてくれた。

ヒストンバリアント、巧みな使い分け

 ヒストンH2A、H2B、H3には、多様なバリアントが存在しているが、今回の主役はヒストンH3のバリアントだ。胡桃坂氏の惹き付けるプレゼンテーションは、精巣で特異的に発現するヒストンH3Tから始まった。ヌクレオソーム再構成は世界中で胡桃坂研が一番うまいと自ら太鼓判を押す実験系だが、これを用いてヒストンH3.1とH3Tの塩濃度に対する感受性の評価について結果が示された。H3.1は高塩濃度でも外れにくいが、H3Tはヌクレオソームが壊れてしまう。どちらも135aaのタンパク質で、4残基が異なるだけだが、この違いが大きな性質の違いをもたらす。ヒストンH3Tの構造解析結果は、H3.1と比べた時に置換されている3つの残基がヒストンフォールドドメインに存在していることを示していた。うちM71とV111を、H3.1と同じV71、A111に置換することで安定性が向上した。このH3Tのモビリティーの高さはFRAP観察でも確認された。フォトブリーチしてから15分後には蛍光がほぼ回復していたH3Tに対して、H3.1はほとんど回復していない。ヌクレオソームに安定して残り続けるH3.1と、出入りが頻繁なH3Tというわずかな残基の置換がもたらす機能の違いが浮き彫りとなった1)。
 講演では他のヒストンH3バリアントや、今まさに進んでいる木村氏との共同研究についても触れつつ、最後にセントロメア特異的なヒストンH3バリアント、CENP-A について2011年にNatureに掲載された研究成果2)を中心に話が展開された。この研究で、胡桃坂氏らはCENP-Aを取り込ませたヌクレオソームとDNAの共結晶構造を明らかにしている。両者の比較から、通常のヒストン八量体のまわりに巻き付いているDNAの長さが147塩基程度であるのに対し、CENP-A八量体の場合は121塩基しか安定して結合していないという、CENP-Aヌクレオソームの特徴が明らかとなった。その他CENP-Aに関して進行中の研究内容にもふれ、構造生物学と生化学の組合せが威力を発揮することを再認識したところで、話は締めくくられた。

時間のスケールの中でエピジェネティックな変化を追跡

 ChIP-seqが普及したことで、ゲノム全体でヒストン修飾の位置が容易にとらえられるようになった。その一方で、発生、分化、細胞老化、環境変化、ストレスのようなダイナミックな変化の中でのヒストン修飾の動態をとらえることは、未だ十分にできているとは言いがたい。この課題に対して、木村氏はひとつの強力な手段を持っている。FabLEM(Fab-based live endogenous modification labeling)と名付けられたこの方法では、ヒストン修飾特異的な抗体を利用して、狙ったヒストン修飾を蛍光ラベリングできる。
 もともとは抗体の抗原結合断片(Fab)を切り出してそこに蛍光分子をコンジュゲートしたものを、ヒストン修飾特異的なプローブとして利用していた。この場合、一回サンプルに投与した後は、徐々にプローブの濃度が薄くなっていってしまうという課題があった。そこで、濃度の低下をクリアするために木村氏らが考えたのが、一本鎖抗体として可変領域を蛍光タンパク質との融合タンパク質として細胞内で発現させる作戦だ。当時の課題と、どのように発現ベクターを設計したのかという経験談を聞けるのは、開発者本人が話すセミナーならではの楽しさだ。
 こうした背景をふまえた上で紹介されたのが、FabLEMを利用してヒストンH3K27のアセチル化とRNAポリメラーゼII(以下、RNAPII)の活性化のプロセスを細胞レベルで解析した2014年9月のNatureでの成果だ3)。RNAPIIのサブユニットRpb1のC末端にはYSPTSPSのリピート配列があり、このうちの2番目と5番目のセリンのリン酸化が転写開始、伸長のフェーズによって変化する。5番目は転写開始時に、2番目は伸長時に強くリン酸化される。そこで、アセチル化H3K27、リン酸化S5、リン酸化S2の抗体を作り、転写を活性化させた時の変化をFabLEMで観察した。結果を表した蛍光強度のカーブは、S5のリン酸化、S2のリン酸化と反応が進んでいることを示しており、また、転写反応速度はアセチル化H3K27の存在量に依存していた。さらに分解能を高めることでより詳細な観察ができるようになると、これからの展望をもって木村氏は話を締めくくった。

 このセミナーの中では、シグマアルドリッチ社からもエピジェネティクス解析のための新しい手法が紹介された。同社では、定量的な質量分析を実現するための安定同位体標識合成ペプチドであるAQUAペプチドと、ターゲット分子どうしが近接するかどうかを高感度で検出するためのツールDuolinkを扱っている。前者はリン酸化をはじめとするヒストン修飾を定量的にとらえるために、後者は細胞内で修飾されているヒストンを高感度で検出することに活用できる。
 実に多様なヒストンまわりの解析手法に触れることのできた今回のセミナー参加者から、新たな発見がもたらされることに期待したい。

  1. Tachiwana H, Kagawa W, Osakabe A, Kawaguchi K, Shiga T, Hayashi-Takanaka Y,Kimura H, Kurumizaka H. Structural basis of instability of the nucleosome containing a testis-specific histone variant, human H3T. Proc.Natl.Acad.Sci.USA. 107(23):10454-9. 2010
  2. Tachiwana H, Kagawa W, Shiga T, Osakabe A, Miya Y, Saito K, Hayashi-Takanaka Y,Oda T, Sato M, Park S, Hiroshi Kimura, Kurumizaka H. Crystal structure of the human centromeric nucleosome containing CENP-A. Nature, 476(7359):232-5. 2011.
  3. Stasevich TJ, Hayashi-Takanaka Y, Sato Y, Maehara K, Ohkawa Y, Sakata-Sogawa K, Tokunaga M, Nagase T, Nozaki N, McNally JG, Kimura H. Regulation of RNA polymerase II activation by histone acetylation in single living cells. Nature. 2014 Sep 21. doi: 10.1038/nature13714.