〔リバネスセンシズ〕科学と社会を「おもろい」で結ぶひと(前編)
リバネスセンシズでは、リバネスメンバーのインタビューを通して、そのパッションを紐解き、実現しようとする個々の未来像をお伝えします。
伊地知 聡(いじち そう)
修士(工学)
専門分野:有機化学(人工甘味料、味覚)、細胞生物学(がん、アポトーシス)
(聴き手:佐野 卓郎)
10年程前、大阪事業所で地域採用を試験的に行った時期があった。そのときに採用されたのが伊地知聡(いじち そう)さんだ。持ち前の前向きなメンタルによって大阪での孤独な時期を乗り越え、今や国内の事業所を飛び回っている。彼を突き動かすものは何なのか、インタビューをしてみた。
佐野:10年程前に大阪初の地域での採用として入社してますよね?
伊地知:藤田さん、楠さんと同期です。入社する半年前に大阪事業所ができて、そこに勤務することになった、初の地域での採用でした。
佐野:覚えてますよ。よく一緒に仕事してましたね。
伊地知:それで、よくプロジェクト終えてから美味いもん食いに行ったりしましたよね(笑)。
佐野:リバネスはどこで知ったんですか?
伊地知:一番最初はネット検索ですね。実は、学生時代にはリバネスのことを知らなかったんですよ。修士の頃、博士課程に進むか否か結構悩んでいた時期がありました。当時は、博士課程に進んでいる人の中には、就職もできない、やることもなくて博士課程に行くような人もいたので、「そんな風にはなりたくない」って気持ちがありました。
そんな中、東大や早稲田にサイエンスコミュニケーションのドクターコースを作るという話を聞き、色々と調べていくうちに、「研究界と社会とがコミュニケーションするような仕組み作りをしたい」と思ったんです。一生かけてやるなら、社会の仕組みをつくりたい。その結果、政治家にインターンしたりしていました。
佐野:その話、聞いたことがあります。あと専門学校の講師などもしてましたよね?
伊地知:そうなんです。まずは自分自身がサイエンスを分かりやすく伝えられなければと思いまして。専門学校の講師を2年ほどやりました。あとは、京大の友人とともに科学新聞をつくる団体もやってました。そんなある日、ネット検索をしたら「リバネス」という会社をみつけたんです。
ちょうど、高槻(大阪)での実験教室のアシスタントを募集していたので、参加することにしました。「どんなことをしているか、スパイしてやる」って気持ちで。事前の企画会議があるというので参加したところ、ものすごく真剣に会議をしていて、びっくりしました。
サイエンスを伝えるのに、情報だけ伝えて「わかった」ってなっても実はあまり意味がないんです。「おもろい」がないと、それ以上は広がらない。リバネスの会議では、なにが面白いのかという点もだいぶ議論していました。
佐野:そして、リバネスをもっと知ろうと思ったわけですね。
伊地知:そうです。インターンやる前に一度本社を見に行こうと思い、ヒッチハイクで東京まで行ったんですよ。
佐野:そうだったんですか!?
伊地知:まぁ、昔のことですけどね(笑)。
10年越しで初めて知った若き日の伊地知さんの行動に、ハラハラする気持ちが加速する。その後の伊地知さんは、果たしてどんな行動と経験を重ねていくのか。続きは後編にて。