〔リバネスセンシズ〕博士が誇りを持って活躍する世界をつくるひと(前編)

〔リバネスセンシズ〕博士が誇りを持って活躍する世界をつくるひと(前編)

リバネスセンシズでは、リバネスメンバーのインタビューを通して、そのパッションを紐解き、実現しようとする個々の未来像をお伝えします。

吉田 拓実(よしだ たくみ)
博士(農学)

専門分野:植物の環境ストレス、耐性遺伝子

(聴き手:佐野 卓郎)

東大生というと、ロジカルで何でも無駄なくこなすイメージがあるかもしれない。東大卒の吉田 拓実(よしだ たくみ)さんも、一見すればスマートな存在だ。現在は教育開発事業部の部長を担い、多くのメンバーを牽引している。しかし、そんな吉田さんの心の奥にはほろ苦い経験から得た仲間への想いがあった。

佐野:学生時代は、農学系の研究をしていましたよね?

吉田:はい。当時の私には、「工学」は先進国で役立ち、一方で「農学」は農業を通してあらゆる人の役に立つというイメージがありました。色々と考えたんですが、食糧問題に資する研究をしようと考えたんです。

佐野:リバネスのことはどこで知ったんですか?

吉田:博士後期課程に進学する前のことでした。ある先輩研究者から「博士にいくとダメになる」と言われたことがありました。確かに当時は、ポスドク問題なども盛んに取り上げられる時代でしたし、その意味が分からなくもなかったんですけどね。
そんなとき、農学生命科学研究科の先輩だった丸さんのブログを見つけ、「博士でもこんなに楽しくやっている人がいるんだ」と知ったんです。よくよく見てみると誕生日が私と一緒で。これは会ってみるしかないと思い、コンタクトしました。

佐野:どんな印象でしたか?

吉田:なんか、すごいパワーでしたね。悩みを話すと「何でそんなに悩むことあるんだ。とりあえず研究頑張ってみなよ。それでダメだったらリバネスにくればいいよ。」って言われました。丸さんの応援も頂きながら、結局博士に進学して、リバネスでもインターンシップに参加してみることにしたんです。

佐野:インターンシップではどんなことをしていましたか?

吉田:インターンシップでは実験教室を中心に色んなプロジェクトをやっていましたね。そこで気の合う仲間もできました。あるとき、2人の仲間と飲みながらリバネス創業メンバーについて考えていました。「あのメンバーで会社ができるんだから、我々にもできるんじゃないか」。その気持ちはその後も変わらず、3人で会社の設立に向けて動き出そうと決めました。

佐野:起業しようとしていたのを覚えていますよ。

吉田:はい。私がリーダーで。「どんなビジネスをやろうか」と考えていたとき、遺伝子組換えでGFP(蛍光タンパク質)を発現して光っている組織を顕微鏡で覗いて、感動したのを思い出したんです。とっても綺麗ですよね。
その画像を利用して、色々な商品を開発して販売する。そこで得た利益を研究費に回していく・・・そんなことを考えていました。
研究画像をとにかく集めて、それをプリントしたTシャツをつくってみたり。

佐野:なんか・・・理系らしいですよね。

吉田:当時は本気でしたよ。笑われるかもしれませんが、あのときは「本当に何も食えなくなるかもしれない」と思いながら必死にやっていました。メンバーで上野の炊き出しを確認して、「あそこに行けば食べていけるな」というのを本気で考えていましたし。でも、「一生の仲間だからやろうぜ」って。

佐野:結構アツいですね。でも確か、最終的には研究者としての立場上、法人登記に至らず会社にはならなかったんですよね?

吉田:そういう理由もありますが。私はリーダーだったので、「このままいくと、あいつらは路頭に迷うかも」って思ったんです。成功までの道筋も見えにくい。なかなか踏み出せずにいる。みんな賢いし学歴もいいですから、こんなことをしなければ、一流企業に勤めることもできたでしょう。あるとき会社化するのを諦めようとメンバーに伝えました。みんな相当な苦労をしていましたから、少しは楽になるかと思っての判断でもありました。

佐野:メンバーの反応はどうでしたか?

吉田:「ショックだ」と言われました。大変でも続けて行きたかったんだと言うんです。
気がつくと私たちは就活もせずにいました。私は残りの時間で博士号を取り、まさに未来の見えない博士になりつつあったわけです。相変わらず「なんで博士に進学しちゃったの?」と先輩には言われる。私は単純に誇りをもって活躍する博士を増やしたかっただけなんです。でも自分自身は失敗した。
私は再びリバネスの扉を叩きました。リバネスの博士たちは輝いて見えて。自分もそうなりたいと思いました。

 

後編