分野横断型の農学研究で進む機能性農林水産物・食品の開発
農学研究の成果により、高アミロース米など、数々の機能性を高めた農林水産物が開発されてきた。それらの秘める社会的なインパクトは大きいが、現状では、日々の健康増進や予防医学において十分に活用されているとは言い難い。より多くの人々が継続的に、かつ効果的にこれらを活用していくためには、今後どのような研究開発が必要となってくるのだろうか。そこで、「機能性を持つ農林水産物・食品開発プロジェクト」を推進している農林水産省の取り組みを伺った。
求められる加工技術の開発と供給システムの構築
農林水産省では「機能性を持つ農林水産物・食品開発プロジェクト」において個人の健康状態に応じた機能性農林水産物・食品を供給するシステムの構築を目指している。プロジェクトの目標として新品種の開発も含まれているが、加工段階で機能性を高める技術開発や個人の健康状態に応じて供給できるシステム開発にも重点をおいて推進して欲しいという狙いがあるのだ。
農学分野の技術結集がポイント
生産現場では農林水産物のもつ機能性は品種だけでなく、産地や栽培時期により変化する。例えばホウレンソウには眼疾患の予防効果を持つとされるルテインという機能性成分があるが、これを寒締めという方法で増加させることができる。このような機能性を有効に引き出す栽培技術のマニュアル化を行い、生産現場へとノウハウを伝える必要があるのだ。加工現場では機能性成分を向上させる技術の開発が求められている。農林水産物は単一の成分としてではなく、さまざまな栄養素の総体として摂取されるため、好ましくない成分を過剰摂取する可能性もある。例えば糖尿病の予防・悪化を防ぐための食を提供したい場合、加工で機能性成分を濃縮したうえで、糖分をカットすることもできるのだ。また機能性成分を高めた場合に食味が落ちてしまうことがあるが、加工することで整えることもできるという。流通の段階でも機能性成分を維持する輸送や保存の技術開発が求められている。このように、機能性農林水産物・食品の成分を高めるうえで、多岐にわたる農学分野の研究が必要とされているのだ。
連携が機能性農林水産物・食品を普及させる
次に、普及や活用については、どのような研究が期待されているのだろうか。機能性農林水産物・食品は、消費者が特性を理解し、食事として継続的に摂取することが理想である。特に個人の健康状態に応じた食を提供するには、機能性について理解しやすいデータベースを構築し、提供するシステムが必要である。また、調理過程での成分の変化等にかかる情報のニーズも高い。このシステムを運用し、機能性農林水産物・食品を普及させるには農学だけでなく、個人に対して実際に保健指導や栄養指導を行うことができる医師、栄養士との連携を行わなければ実現は難しい。さらにシステムが運用できるかについては、活用できる食品の選択肢の拡大とともに、実証研究が必要となってくる。選択肢拡大のためには、食品産業との連携が不可欠となる。実証の場所としてはショッピングセンター内にある栄養ケア・ステーションや大企業の食堂、宅配、学食が候補として考えられる。例えば、栄養・保健系の学部、学科を持つ大学では、機能性農林水産物の特性を活かしたレシピを考案し、学食で提供することで実証モデルをつくることもできる。このように機能性農林水産物・食品の提供には、農学だけでなく医学、栄養学との連携が欠かせない。
日本農業の国際競争力強化へ
これらの取り組みにより、機能性農林水産物・食品を提供するシステムが構築されることは、健康寿命の延伸や予防医学の面だけでなく農林水産分野にとって利点がある。先進国の中でも急速な少子高齢化にあえぐその姿は、ジャパンシンドロームともいわれている。そうした状況の中で、わが国がいち早くシステムを構築することができれば農業の国際競争力の強化につながる可能性がある。
機能性に関する農学研究は今まで、農林水産物を分析し、どのようなものに使えるか予測するところまでが中心だった。これからは、社会実装のシステムが確立されていくなかで、研究者が成果を実社会にどのように役立てていくか、医学との連携の中で自ら提案していく未来がくるのではないだろうか。