AO入試の再定義 〜もっと知ってほしい、生徒の“熱”を伸ばす仕組み〜(vol.22)

AO入試の再定義  〜もっと知ってほしい、生徒の“熱”を伸ばす仕組み〜(vol.22)

高校生による研究発表会 高校生バイオサミット

 

2018年、センター試験が廃止され新たに「達成度テスト」を導入するとした大学入試改革案を政府の教育再生実行会議がま とめました。このような提言がされたのは、グローバル、ボーダレス社会を迎えるにあたり知識のみを重視するのではなく、 学生の能力を別の角度からも評価することが必要だとして改革論議が出てきたからです。今回は、日本で初めて「AO入試」 を初めた慶應大学の冨田勝先生とリバネス代表取締役CEO丸幸弘にこれからの大学入試について伺いました。

 

「個」を評価する「入試」を

百目木:ある高校の先生にAO入試の印象を 聞いてみたところ、「学力が不足している生 徒にとっては学力的な勉強をしなくてもレベ ルの高い大学を受験できるため、勉強に集 中できない原因の一つになってしまってい る」というお答えを頂いたことがあります。 大学側としては、AO入試はどのような思い で始められたのでしょうか。

冨田:AO入試は、高校時代に頑張ったこと、 そして大学でやりたいこと、すなわち「熱」を 評価する入試だと言えます。1990年、湘南藤沢キャンパス(SFC)を立ち上げた時から、 「問題を発見し解決できる人材」を育成する ことが理念ですが、SFCが求める人材をペー パーテストの点数だけで選抜することは不可能です。そのため、いわゆる「学力」以外に、 課外活動の成果や生徒の個性など、人物を 総合的に評価する新しい仕組みが必要であ ると考えたのです。

丸:なるほど。最近、私達にこんな連絡をく れた高校生がいます。「ある研究をしたいん だけど、学校の中では難しいから出来なかっ た。力を貸してほしい。」って。今そういう生 徒さんを集めて「リバネス科学部」を立ち上げ、会社のラボで活動を始めましたが、そう いう行動は直接5教科7科目の点数には現 れないですよね。

 

21世紀は「個」の時代

百目木:熱を評価するというのは、これから の大学や、社会にとってどういう意味がある のでしょうか。

丸:私は、熱は21世紀を切り開く「新しい生 きる力」だと思います。20世紀までは、知識 が評価された時代でした。しかし、インター ネットが発達し誰しもが情報にアクセスで きるようになった21世紀は知識を合わせて何かを生み出せることが評価の対象になり ます。そのためには、世の中の問題を発見す る「課題発見、課題設計能力」が必要です。こ れは個人の興味、すなわち熱によるところが 大きい。冨田先生のように、興味を掛けあわ せて新しい分野を切り開いていけることが 未来を生きる力になるのだと思います。

冨田:まさにそれがSFCでAO入試を始めた 理由です。しかし、いまだにAO入試に否定 的な高校の先生が少なくないのが残念です ね。しかしそれでは、せっかく熱を持った生 徒が出て来ても、その熱を冷ましてしまうこと になり、それは我国にとって大きな損失です。

 

熱をもつきっかけを学校に届けたい

百目木:大学としては、どのようにして高校 生の熱を支援して行きたいとお考えですか?

冨田:そうですね。外部にあるさまざまな機 会をもっと活用してほしいと感じています。 山形県鶴岡市にある慶應大先端生命科学研 究所では、科学が好きな生徒の熱を育てる 活動をしています。その1つが「高校生バイ オサミット」です。今年で4回目になります が、全国の高校生が鶴岡に集い、日ごろの自 由研究の成果を発表します。審査員がシビ アに評価して優秀な発表には文部科学大臣 賞などが与えられ表彰されます。それらの成 果は、当然AO入試においても評価されるで しょう。

丸:私達企業としても学校の先生と協力し て、学校の中に子どもたちが熱をもち、それ を広げるような仕組みをつくっていきたいと 考えています。それが先に上げたリバネス科 学部であり、研究者が自分たちの研究への 熱を伝える科学雑誌『someone』や実験教室 です。僕自身は教科書には載っていない最先端の情報を知ってサイエンスへの熱をも ちました。だから今でも大学で研究を行う大 学院生が直接子どもたちに研究の魅力を伝 える実験教室を大事にしています。まだわ かってないことを知った時、子どもたちの表 情は変わります。この謎を解明したいからこ の大学に行きたい!という進路の決め方を して欲しいですね。

冨田:今の高校生達は、教科書の勉強が忙し すぎて、熱中できる何かを探す時間も機会も ほとんどありません。そういう現状では、一 般入試で大学を受ける高校生がほとんどな のは仕方がないかもしれませんが、熱をもっ て自分の道を突き進む生徒を如何に増やす か、そして彼らを如何に応援するかが重要で あり、それが真の教育だと思います。将来の 日本を支えリードしていくのは、熱を持った 人材ですからね。

 

インタビューイー紹介

冨田 勝

慶應義塾大学工学部卒業後渡米。カーネギーメロン大学修士課程および博士課程修了。同大学助教授、 准教授歴任。哲学博士(Ph.D)取得。その後工学博士(京都大学)、医学博士(慶應大学)を取得。1990年よ り慶應義塾大学環境情報学部助教授、のちに教授。2001年より同大先端生命科学研究所(山形県鶴岡市) 所長。2005年~2007年、慶應義塾大学環境情報学部学部長。レーガン大統領より米国立科学財団大統 領奨励賞(1988)、江崎玲於奈博士より日本IBM科学賞(2002)、国際メタボローム学会より功労賞(2009) など受賞。

熱を持ったきっかけ

情報科学から生命科学へ 〜感動の連鎖が人を育てる〜 学生時代にインベーダーゲームに熱中したことが始 まりです。コンピュータをどう使うとこんな面白い ゲームができるのか、知りたくて、独学でプログラミ ングの勉強をしました。その後コンピュータ将棋を作 ろうとしてもうまくいかず、「人工知能」について学ぶ ためにアメリカに留学し、自動翻訳の研究をしてそれ なりの成果も出しましたが、人間の知能には足元にも 及びませんでした。ある日、ヒトは1 つの細胞が分裂 を繰り返して手足や心臓や脳ができ、そのプログラム(ゲノム)がたった30億文字でコードされていること を知り、衝撃を受けました。そこから生命科学に計り 知れない魅力を感じ、現在ではコンピュータを駆使し た新しい生命科学に挑戦しています。

 

丸 幸弘

株式会社リバネス代表取締役CEO。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士(農学)。 リバネスを理工系大学生・大学院生のみで2002年に設立。日本初の民間企業による科学実験教室を開 始。2012年12月に東証マザーズに上場した株式会社ユーグレナの技術顧問や、小学生が創業したケ ミストリー・クエスト株式会社、孤独を解消するロボットをつくる株式会社オリィ研究所、日本初の大 規模遺伝子検査ビジネスを行なう株式会社ジーンクエストなど、15社以上のベンチャーの立ち上げに 携わるイノベーター。

熱を持ったきっかけ

知らないことに出会った瞬間の衝撃を 胸に〜疑う心こそサイエンスの本質〜 僕は入試問題のための勉強はしませんでした。興味 がわかなくて。でも、大学に行きたいと思った理由 は、ある先生に発生生物学について教えてもらって いた際に「実はこの教科書の内容って全部ウソかも しれないよ、まだわかってないんだ」と言われたから なんです。その瞬間ぞぞっとして「知りたい」って 思ったんですよね。これがサイエンスのおもしろさ なんだって感じました。その後、博士課程を修了し、 今では会社を経営しています。それは疑うことで自 分の世の中に対する「問」ができ、「それを解決した い」という強い気持ちが芽生えたからです。