江戸前あなごの生産現場から

江戸前あなごの生産現場から

水産資源は適正な利用を行えば,自然に再生産し持続的に利用できる特徴を持つ。そのため漁業では,獲るための技術と,獲り過ぎず次世代の資源を守る技術の2つがカギとなる。横浜市漁業協同組合柴支所(柴漁港)の第六金亀丸船長,斉田芳之氏は江戸前あなご一筋32年のベテラン漁師である。そして大学や研究所と共に,あなご資源の保護を進めた先駆者である。創意工夫の漁師,斉田芳之氏に2つのカギを伺った

あなご筒漁

齋田氏は「あなご筒漁」によってマアナゴを漁獲している。あなご筒漁とは,長さ約20kmの幹縄に仕掛けを30m間隔に取り付けた底延縄式の漁法の一種である。仕掛けには直径10cm長さ80cmの塩化ビニル製のパイプに,冷凍のカタクチイワシやスルメイカを餌として入れた「あなご筒」を使用する。筒の両端には「かえし」と呼ばれる蓋が付いており,マアナゴが餌の匂いに誘われて筒に入ると,抜け出せない仕組みとなっている。

資源保護のカギは「稚魚を逃がす仕組み」

回収時の負担軽減のための筒に開けられた水抜き穴の大きさは9mmであった。この筒で操業を行うと,出荷サイズである35cm未満のマアナゴも一緒に漁獲されてしまう。そこで穴の大きさと漁獲サイズについて,県の水産技術センターや水産課,大学と共に実験を行った。そして出荷サイズである35cm以上のあなごは漁獲し,それ以下のマアナゴを逃がす13mmという大きさにたどり着いた。この大きさの穴であれば,漁獲量を大きく減らすことなく稚あなごだけを逃がすことができる。現在,この水抜き穴の大きさは東京湾であなご筒漁をする漁師の間で共有されている。そして資源保護の取り組みが評価され2001年に水産庁長官賞を受賞するに至った。

獲るためのカギは「漁師の観察」

あなご筒漁はマアナゴを餌の匂いで誘い漁獲する。そのためマアナゴが分布する場所に筒を投入することが漁の成功に繋がる。「海水温や風の向き,雨の後は海に淡水も混じるから天気も重要。だけど獲れている魚の様子を見るのが大事。マアナゴの活きはいいか,色は,重さはどうか。それらの情報を前回入れた場所,前々回入れた場所ではどうだったかと比べる。そして次はどこに筒を入れるか考える」と教えてくれた。仮説と検証,そして新たな仮説を繰り返す。まさに研究そのものだ。しかしこの研究も操業場所の記憶が曖昧では精度を欠く。何せ海上には目印が無いのだ。この部分を自船の位置をGPSで測位するGPSプロッタが支えている。これに毎回の操業場所を記録させる。そしてその時の漁の様子を足し合わせることで漁師の経験知が生まれる。この経験知をもとにマアナゴを獲るのだ。

自然から教わる

齋田氏があなご筒漁を始めたのは1982年。柴漁港では初めての漁法だった。一度筒に入った魚を逃がすのは心情的に抵抗があった。しかし漁獲量に影響がないことを科学が証明してくれた。「漁は常に勉強。答えは魚が教えてくれる」。齋田氏は今日も出漁する。