【特集】脳科学と教育がつながる
プロローグ
1953年にジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによりDNAの二重らせ ん構造が提唱されて以来、DNAやRNAを中心とした分子生物学は世界中で爆 発的に発展し、現在では遺伝子診断サービスまでもが登場し始めています。 DNAに続く、次なる研究のフロンティアとして世界で注目を集めているのが 「脳」です。実際、今年のノーベル生理学・医学賞も脳の研究に授与されていま す。未だにわからないことの多い「脳」の世界、今回の特集では脳研究の現在、 そして、脳科学から見る「教育」をご紹介します。
脳の世界の現在と未来
私たちの思考や運動、そして感情までをも司る「脳」。あらゆることに重要な脳だからこそ、中学、高校の理科や生物の教科書でもしっかりと取り上げられています。ニューロンとシナプスで情報伝達が起こる仕組み、ヒトで発達している大脳の役割、脳から分泌されるホルモンなど、脳について多くのことを教えます。しかし、そこにはなお未解明の謎が数えきれないほど存在します。世界中の研究者が、謎の多く残る脳の魅力に取りつかれ、今この瞬間も研究を進めています。
教科書にはまだ載っていない、脳の世界のホットトピック
今年の10月、ロンドン大学のジョン・オキーフ博士、ノルウェー技術大学のマイブリット・モーセル博士、エドバルト・モーセル博士らの「脳内で空間感覚を担う神経細胞の発見」にノーベル生理学・医学賞が授与されました。今脳研究は世界中で進められ、新たなトピックを続々と生み出しています。
練習と脳
スポーツをしたり、楽器を弾いたり、運動を伴う技術の習得にはとにかく練習が必要です。当然と思われることですが、練習がどのように脳に影響を与え技術の習得に役立つのかはわかっていませんでした。今年の6月、基礎生物学研究所の正水博士らがある研究成果を発表しました。生きたマウスの脳細胞の長期的な観察技術を確立し、世界ではじめて運動動作の繰り返しで脳の中に新しい神経回路が生まれることの観察に成功したのです。
ITと脳
生物以外の分野でも脳の研究は広がり始めています。ワシントン大学では、二人の脳をインターネットで接続し、一人の脳波でもう一方の体を動かすインターフェースの開発にも成功しています。さらにスタンフォード大学の研究では、人間の脳の回路を模した電子回路「Neurogrid」を試作して、一般的なPCより9000倍速く動き、さらに消費電力も低下させることに成功しています。
ノーベル賞を受賞した脳研究
オキーフ博士らはラットを用いた研究で、私たちの 脳は空間内での自分の位置を場所細胞とグリッド 細胞と呼ばれる脳内の2種類の細胞の組み合わ せにより把握していることを明らかにしました。
<場所細胞> 部屋の中を歩きまわっているときに、特定の場所 に来たときだけ反応する細胞。脳の海馬に存在。
<グリッド細胞> 空間を三角形が互い違いに連なった格子状に認 識し、各頂点にきたときに反応する細胞。脳の嗅 内皮質に存在。
世界中で沸き立つ脳研究
脳研究を推進する国家レベルのプロジェクトが世界中で始まっています。2013年4月、オバマ大統領が脳科学を大規模に推進するBRAIN (Brain Research through Advancing Innovative Nuerotechnologies) Initiativeを宣言し、2014年度には約100億円の予算をつけて います。ヨーロッパでも、人間の脳に関するこれまでの研究成果を結集し、脳の詳細なモデルやシミュレーションを一つ一つ再構築することを 目標としたHBP(Human brain project)がスタートしています。これは、2013年からの10年間で約1,200億円の予算規模で計画が進んでい ます。日本でも、2つの大きな「脳」プロジェクトが進行中です。 1961年、ケネディ大統領が宣言し、1969年に人類を月に送ったアポロ計画は、あらゆる分野の研究を発展させました。その時にも似た、科 学技術の飛躍の時代が脳を舞台に今まさに始まっているのです。
脳科学と教育
常に新しい研究が進められている脳研究ですが、人間特有の行動である「教育」について結びつけた研究は、世界的にもまだあまり多くあ りません。そのような中で、実は日本で2001年から2009年にかけて「脳科学と教育」という脳と教育の関連を解き明かすことを目的とした研究 開発プログラムが世界に先駆けて行われていました。今回の特集では、そこで得られた知見を中心に、脳と教育を結びつける2つのトピックを紹介します。