【特集:サイエンストピックス】睡眠を通して脳が発するSOS
「あいつまた朝寝坊か?」、「あの子はいつも眠そうにしているな」なんて、学校の中で1度は感じたことありませんか?「気の緩み」として捉えがちな生徒の睡眠に関する態度。実は子どもたちの「脳」が発しているSOSかもしれません。今回のサイエンストピックスでは、眠っても疲れが取れないある病気と脳との関係についてご紹介します。
眠りを引き起こす2つのしくみ
どうして私たちは眠くなるのでしょうか。睡眠が引き起こされるメカニズムは、近年徐々に明らかになってきています。1つは、高校生物でも習う「概日リズム」によるコントロールです。私たちの体には「体内時計」があり、約24時間で代謝をコントロールしています。その働きにより、昼から夜にかけて脳内でメラトニンというホルモンの分泌が促されます。この物質は興奮を伝えるヒスタミン神経系の活性化を阻害し、その結果、脳の視床下部にある睡眠中枢が刺激され、眠気が起こります。毎日夜になると眠くなり、朝になると目が覚めるのはこのためです。それ以外に、最近もう1つのメカニズムに注目が集まっています。それは起きている間の情報処理により受けた疲労を回復させ、脳の働きを保つための睡眠です。睡眠不足が続くと朝でも昼でも眠くなるのは、このためだと考えられています。
脳を守る睡眠
この脳疲労から睡眠が引き起こされるメカニズムについては「疲労因子の蓄積」、「ホルモンバランスの変化」など諸説ありますが、まだほとんど明らかになっていません。分かってきた事は、睡眠中に脳が日中の情報処理により生じた余分なネットワークを編集し、エネルギーの補充を行い、神経伝達物質や化学物質の局所的な分布を再調整していることです。例えば、睡眠中に神経細胞内では物質の移動が起こることが明らかになっています。神経細胞は細胞体と軸索からなっており、軸索の先端のシナプスと次の細胞の間で情報伝達物質を介して刺激が伝わります。この時シナプスではエネルギーの生産工場であるミトコンドリアが活躍していますが、睡眠時には細胞体に戻り、複製を行います。活性が低くなったミトコンドリアが回収され、複製することで翌日の情報処理に必要なエネルギー生産を守っていると考えられます。
明らかになる脳と疲労の関係
睡眠によって、毎日脳の疲労はリセットされているはずなのに「眠っても疲れがとれない」という病気があります。1988年に病気として宣言された「慢性疲労症候群」は、原因不明の疲労感や倦怠感が6ヶ月以上続き、正常な生活をすることができなくなるというものです。この時患者の脳ではいったいどのようなことが起こっているのでしょうか。2014年4月、理化学研究所、大阪市立大学、関西福祉科学大学の研究チームは、慢性疲労症候群の患者と健常者の脳を陽電子放射断層撮影法という方法を使って比べました。その結果、世界で初めて患者の脳の広い範囲で炎症が起きていることを明らかにしました。これまでに、患者の脳でサイトカインという炎症を起こす物質の分泌が確認されていましたが、炎症を確認できたのは初めてのことです。さらに、それぞれの患者の症状の強さと炎症が生じた部位の関係を調べたところ、認知機能が低下している患者は扁桃体と視床、中脳に、頭痛や筋肉痛をもつ患者は帯状皮質と扁桃体に、抑うつ症状をもつ患者は海馬に生じている炎症と相関することが分かりました。脳内炎症が患者の脳機能の低下に関わっていることを示す証拠となります。これらの結果から炎症を起こしてしまった脳では、脳を守るシステムが正常に機能せず、睡眠後も疲れをリセットできなくなっている可能性が考えられます。
睡眠に正しい知識を
実はこの慢性疲労症候群は、幼児〜高校生にも発症が認められています。この病気にかかると、完治までは数年かかり、完治率も15%前後と言われています。原因はまだ明らかになっていませんが、短時間睡眠や過度なストレス、ウイルス感染により、脳が炎症を起こした後に罹患する例などが知られています。 子どもたちは勉強やインターネットなどにより学年が上がるにつれ、夜更かしになる傾向にあります。文部科学省では「中高生を中心とした子供の生活習慣づくりに関する検討委員会」が行われ、子どもたちの睡眠を守ろうとする動きを始めています。家庭の教育にまかせてしまいがちな「睡眠」ですが、まずは、眠そうな生徒に対して、「最近体調は大丈夫?」と声をかけてあげてはいかがでしょうか。
参考文献
Yasuhito Nakatomi et al. “Neuroinflammation in patients with chronic fatigue syndrome/myalgic encephalomyelitis: a 11C-(R)-PK11195 positron emission tomography study”, The Journal of Nuclear Medicine, vol.55, No.6, 2014