[特集]アカデミアの研究シーズを活用せよ
近年のバイオ分野は株式会社ヘリオスやサンバイオ株式会社などの再生医療関連ベンチャーの上場や、ペプチドリーム株式会社のように株式時価総額で2,000億円を超える企業が現れる(2015年8月20日現在)など、一時の氷河期と比べると風向きは確実に変わってきている感がある。
これらの企業に共通するのはいずれもアカデミアの研究シーズに基づいて事業を拡大してきている点だ。大企業がイノベーションの中心となって産業を引っ張っていく時代から、アカデミア、バイオテック企業、大企業が共存し、ある種のエコシステムを形成しながら業界全体が成長していく方向に徐々に変化してきていることの現れではないだろうか。この潮流は、地方大学、基礎研究に重きを置く理学系の研究科、そして若手研究者に対して新たな研究の可能性を提供し始めている。
今号の特集では、製薬企業を中心に盛んになっているオープンイノベーションの動向を担当者の声も交えて紹介するだけでなく、これまで存在しなかったアカデミアの優れた研究アイデアと企業とをつなぐための仕組みについても紹介する。
アカデミアで高まる産学連携へのニーズ
2014年にバイエル薬品株式会社オープンイノベーションセンターとリバネスが共同で、国内の大学・研究所に所属する研究者129名に対して行なった『科学イノベーション調査2014』は、産学連携について研究者の意識の高まりを示唆する内容となった(*1)。例えば、今後3年以内のスパンで考えて、自身の研究について産学連携を推進していきたいと思うか、という問いには85.3%が「思う」と回答している。また、産学連携において、どのようなことを企業へ求めるか、という問いには78.3%が「研究資金の調達」と回答している(同イノベーション調査)。この辺りから、研究資金を確保する選択肢のひとつに産学連携が入っていることがうかがえる。企業が求める研究シーズと研究者が描く研究の道筋の間にある隔たりを超えることができれば、産と学で研究の歯車が噛み合い、これまで以上に研究現場を活性化できる可能性が秘められている。
*1 科学イノベーション調査2014
一方で、産学連携において課題に感じていることとして、権利関係の調整(58.8%)、事務手続きの手間(47.1%)、どの企業に相談すればよいのか分からない(35.3%)などがあげられている(同イノベーション調査)。大学と企業の間に入り、こうした案件を適切に対処ができる人材が不足していることも要因のひとつとして考えられる。
国内大手に加え海外勢も乗り出してきた国内の創薬シーズ発掘
2015年に入って、武田薬品工業株式会社、大日本住友製薬株式会社も公募型の研究シーズ探索プロジェクトを開始し、国内大手製薬企業の中で5社(アステラス製薬株式会社、塩野義製薬株式会社、第一三共株式会社)がこのタイプの事業を進行する。さらに、ファイザーやバイエル薬品など、一度日本から研究開発の機能を撤退させた海外の大手製薬企業が、オープンイノベーションを標榜して戻ってきている。自社の課題解決のひとつの糸口として日本のアカデミアの知恵が国内外から求められている。この点について、新規にプロジェクトを開始した大日本住友製薬株式会社の担当者からアカデミアへの期待について話を聞くことができた(P.9参照)。また悪性黒色腫治療の抗体医薬ニボルマブを2014年に国内で上市した小野薬品工業株式会社の研究本部の方からも話を伺うことができた(P.9参照)。同製品は、京都大学本庶佑教授との共同研究の成果で、免疫チェックポイントに関連するT細胞表面のタンパク質PD-1をターゲットにしたモノクローナル抗体を製品化したものだ。
テーマ公募型が多い中、武田薬品工業が始めたRecruit innovative ideas to generate original targets Takeda (RINGO-T)は、他のテーマ公募型の創薬オープンイノベーションとは毛色が異なる。同プログラムは自社の化合物ライブラリーを使って、研究者のアイデアやアッセイ系を評価し、試験結果を戻す形をとっており、今後の展開が注目される。海外でもテーマ公募型ではない形のプログラムがすでに走っている。例えばイーライ・リリーは自社のインフォマティクスツールやin vitroのアッセイ系、自動合成技術などのプラットフォームを研究者に開放して、アカデミアが持つ創薬シーズを評価する「Open Innovation Drug Discovery Program」を運営する。
こうした一連のプログラムは、ターゲット分子の探索、薬の候補化合物の探索、スクリーニングのための評価技術、新規の薬物動態解析方法、製剤技術のいずれかを狙って設計されていることが多い。研究として価値がある以外に、創薬プロセスとどのようにつながるのかを描くことが研究者側には求められる。審査を企業の担当者が行なっているという点で、企業ニーズを汲み取るしたたかさが必要だ。研究者からみた産学連携の課題に挙がっていた権利関係の調整については、むしろ製薬企業の関係者の方が熟知しており、研究者の不利益にならないようにと気を配っているところでもある。
関係ないと思う領域・地域の研究者こそ手を挙げる時
国内では京都大学が、AKプロジェクト(アステラス製薬と京都大学の免疫制御領域をターゲットにした創薬の産学融合拠点)を皮切りに、武田薬品工業とのTKプロジェクト、大日本住友製薬とのDSKプロジェクト、田辺三菱薬品とのTMKプロジェクトと、製薬企業とコラボレーションした産学融合の創薬拠点プロジェクトを次々と打ち出している。こうした動きからやはり企業と連携しやすいのは旧帝国大学やそれに準ずる国立大学、私立大学と考える人も多いと思うが、実はそこから漏れてしまう研究者をカバーしきれていないという課題を企業側は持っている。創薬関連で引き続き話をすると、例えば、理学部や工学部、地方大学、若手研究者に対して製薬企業の関係者はリーチする術を持っていない。そして、これまでの公募型のオープンイノベーションプログラムと通じて、今までカバーできていなかったこうした研究者層が有用なテーマ、アイデアを持っていることに気づき始めている。大学での自社の取組みの説明会実施、研究協力課や産学連携本部などを通じた情報発信(ポスター掲示など)等、企業側から出ているシグナルを捉えて行動することで、研究費を獲得するだけでなく自身の研究成果を社会に実装する機会が広がるはずだ。
国に依存しない研究費の存在
ここまで企業側からアカデミア側へのアプローチについて述べてきたが、研究費という視点でみてみると、また違ったことがわかる。2011年以降の科研費は2,300億円前後で推移している。企業別にみると、アステラス製薬の2014年度の研究開発費が約2,066億円、武田薬品工業の2014年度の研究開発費が3,081億円と、一社で国が用意する予算と同等、あるいはそれを超える額を持っている。研究開発のための予算は、企業の方が圧倒的に持っているのが実情である。国の財政状況を鑑みれば、科研費が大きく増額されることは考えにくく、むしろ減少する可能性も十分に考えられる。これまで自分の研究費は国の予算で賄うというのが一般的な流れだった。オープンイノベーションが加速することで、企業とコラボレーションして企業の研究予算も活用しながら自分の研究を進めていくというスタイルが今後新たな流れのひとつとなる可能性は十分にある。しかし、どのように企業と関係性を持つかは、研究者にとっての第一の、そして最大のハードルになりうる。リバネスでは、アカデミアの研究者が自分の研究アイデアを企業にぶつけるための新たなプラットフォームを準備している。その取組みの詳細について責任者へのインタビューの中で紹介させていただく。
今号で紹介する企業側の声は、業界全体で高まるアカデミアへのニーズの高まりの一部に過ぎないが、新たな研究の可能性を広げる一助になるはずだ。 (文・宇都宮健郎)