革命前夜 〜ものづくりの聖地から新しい教育の形を問う 砂田 浩彰 有本 淳一( @arimoto_j )
京都は、日本有数のものづくり企業が誕生した地域である。平安遷都後、長い歴史の中で培ってきた伝統産業技術をベースに先端産業へ参入し、京セラ、オムロン、日本電産、村田製作所、島津製作所、堀場製作所、任天堂など世界を代表するものづくり企業が生まれ、市場ニーズを先取りした製品を世に輩出してきた。京都にはそのような産業を下支えするように、一世紀も前から工業人材育成を行ってきた2つの工業高校があり、来年、2つの学校は統合し、新しく「京都工学院高等学校」が開校する。これから求められるものづくり教育とは?可能性に満ちた教育プログラムを考える2人のキーマンにお話を伺った。
求められるものづくり人材像の変化
「実は一つの市が2つの市立工業高校をもつことは大変珍しいのです」。開設準備室室長の砂田先生は話す。かつて、工業系人材に必要とされていたのは専門性だった。電気・電子・機械系の分野を有する洛陽工業高等学校が誕生したのは今から約130年前。その35年後、専門分野を補うような形で建築・土木・機械系の分野を有する伏見工業高等学校が誕生し、両校は長年、専門人材教育を行ってきた。この2校が合併して新しくできる高校では、そのような専門的な人材育成を大事にしながらも、「新しいものづくり教育の形」を考えているという。「専門性をもっていることは重要ですが、それだけでものが作れる時代は終わりました。これからは幅広い知識をもち、人とコミュニケーションをしながらチームで創造していく必要があると考えます」。有本先生は話す。
全教科のアクティブ・ラーニング化と3年間のPBL
「高校時代に一番伝えたい事は、社会に出ることの意味です。すべての子どもたちにとって、これから社会に出て仕事をするということは、自分の強みを活かし、社会の課題を解決するということを意味します。特に、職業高校の生徒は、自分の専門性という武器をもっている。そこで本校での目標は、生徒に社会とどう関わりどのように貢献していくのかを伝えることです」と砂田先生は話す。そして、そのために現在考えているカリキュラムには2つの特徴があるという。
一つは、3年間に渡るProject based learning(PBL)だ。1年次には、ヒアリングやディスカッションなどのPBLに必要なスキルを身につけ、2〜3年次では、各学科の生徒が混ざり合いチームを組むことで、実際に地域の課題解決に挑戦をする。また、本当に意義と学びのあるPBLにするためには普段から生徒同士がオープンマインドで物事を考え、気軽にディスカッションをできる仕掛けを作る必要がある。そのために、考えているのが2つ目の特徴である全教科のアクティブ・ラーニング化だ。現在地学の授業を行う有本先生は、1時間の授業の中で15分間要点のポイントを説明し、残り35分間はグループ学習を実際に行っている。「地震についての授業では『マントルが○○に見える!』など、普段の授業では引き出せなかった生徒の興味が引き出せているように感じます。進みが悪いのが課題ですが、ディスカッションに子どもたちが慣れてくると、授業への参加意識が高まっていることを実感しています」と新たな教育への自信をのぞかせる。
進路のあり方に革命を起こしたい
「ものづくり」の本当の意義は、設計図のない新しいものを作り、世界を変えることである。しかし、大量生産消費社会になったことで、「ものづくり」は、工場でいわれたものを作る、創造性のない仕事というイメージが生まれてしまった。また大学全入時代といわれる昨今、本来は早期に進路を決定した子どもたちが通う職業高校は、保護者、子ども、教員から偏差値の偏見を受けている。有本先生はこういった現在の工業高校などの職業系高校に対する評価に疑問を感じているという。「普通科高校が上、職業高校が下という垂直型の進路選択ではなく、職業高校も普通科高校も水平に並び、興味をもった子たちが選べる形を作っていきたい。このプロジェクトは普通科高校以上の教育水準をもつ職業高校を創り出すことで、進路のあり方に革命を起こすものなのです」と有本先生は力強く語った。
まずは自分たちがおもしろいと思うことを
新しい試みを行う上でのハードルは高い。成功への鍵は教員たちの考え方を高い次元に押し上げることである。現在開設準備期間として、新規校へ赴任する可能性がある教員に対し、専門家を招いたより実践的な研修会を行っているという。アクティブ・ラーニングに関しては産業能率大学と一緒に、またPBLに関しては金沢工業大学からも講師を招き研修を進めている。3〜4回研修を行い少しずつ変化が現れた。「アクティブ・ラーニングをしてください」と強制せずとも、授業で実践し始める先生が出たという。「研修会をして先生たちがおもしろいと感じたら、授業でそれを実施したくなるものです。先生たちは保守的とはいわれますが、新しいもの好きが多いように感じます。自分の場合もそうですが、おもしろい、やってみたいと思わせるものを準備すれば自ずとやり始めます」と有本先生は話す。
社会に貢献する経験を
新しい高校には「貢献、結集、連携、継続」という4つのキーワードがある。「地域と関わり、協力し、地域の課題を探り、解決のために努力し、地域に愛される、そのプロセスを知っていれば、どのような社会に出ても社会と関わり続けることができるのです」と砂田先生は話す。そのために全教員一丸となって、まずは自分たちがそれを実現できるように変わろうとしている。実施に対する課題も多く、教員がどのように解決をしていくのかにも注目が集まる。課題を抱えながらも、先生たちの表情は明るい。工学の聖地で一つのチームになって動いていく、京都工学院という新高校名にふさわしい、大きな目標に向かった、教員たちの新しい挑戦が今、始まった。
記者所感
紹介しきれませんでしたが、iPadを全員に導入したり、大学進学を目標とした学科を設置するなどの試みを行うそうです。私も、ものづくり教育を実践する身として何か一緒にやりたいです!