網羅的がんゲノム解析で小児の治療を変える 滝田順子
最先端の実験技術を駆使して研究成果を出し、一方で病に苦しむ子どもたちを日々診察している、東京大学医学部附属病院の滝田順子氏。次世代シーケンスを使った研究成果と、未来の小児科医療についてお話をうかがった。
小児がんの新たな治療法確立を目指して
2015年7月、次世代シーケンサーによる大規模データを用いた小児がん研究の成果が世界に先駆けて発表された。研究対象は、小児の軟部組織(筋肉や脂肪)において腫瘍の発生頻度が最も高い横紋筋肉腫。これまで病理組織の所見から2グループに分類されていたが、QOLの向上や二次がんのリスクの低減を考えると、より詳細なグルーピングをして適切な治療をすることが望まれていた。
滝田氏のチームは、治療標的またはグルーピングのためのマーカー探索を目的に、次世代シーケンサーを用いて横紋筋肉腫の統合的ゲノム・エピゲノム解析を、60例という大規模検体に対して実施した。得られたゲノム異常と生存期間などの臨床情報を比較した結果、PTEN遺伝子のメチル化パターンにより4グループに分類することができ、予後の悪いグループを予測するバイオマーカーとなることが分かった。これは新しい治療法につながる重要な発見である。現在は、さらに別の集団に対し検証し、新規治療法の確立に向けた臨床研究につなげようとしている。
ゲノム全体を見渡す新技術
小児科医である滝田氏は、がん治療の発展には臨床研究と同時に原因遺伝子を理解し、病気の原因を解明する必要があると考え、基礎研究に足を踏み入れた。研究を始めた1990年代には、ゲノム上の量的あるいは質的な異常が同時多発的に起きることで細胞ががん化するのではないかと考えられており、ゲノム全体を見渡し解析する研究がすでに求められていた。当時はサザンブロット法やPCR法を用いて全染色体72ヶ所(長腕と短腕の1ヶ所ずつくらいのレベル)においてインバランスである領域を解析し、そこにある遺伝子を探していくという力仕事をしていた。だからこそ、2000年代に入り登場した何万という領域を一度に解析し、桁外れの情報量を扱える次世代シーケンス技術には、大きな魅力を感じたという。
次世代シーケンスが切り拓く未来の医療
小児科領域の先天性異常や小児がん患者は、全身にゲノム異常がある場合が多く、複数の病気が合併することも多い。もし、次世代シーケンス技術を使って患者の全身的なゲノム異常を解析できれば、将来のリスクをも見越して最適な治療方法を考えることが可能だ。例えば、先天性発達異常の患者さんのゲノムを解析して染色体の欠失が判明した場合、難聴やがんになるリスク予測ができ適切な早期治療ができる。
滝田氏が見据えるのは、血液検査で白血球数の変化をみるように、ベッドサイドで患者の全ゲノム解析が可能になり、病気の原因を探り薬剤感受性から最適な薬を処方するという、オーダーメード医療だ。全ゲノム解析がより簡便で低コスト化されれば、確実に近づいてくるだろう未来の医療。いま蓄積されつつある次世代シーケンス技術などを用いた新規バイオマーカー探索や大規模データが、新時代の小児医療を創っていく。
筆者よりコメント
滝田先生は、今回のような大規模データを扱う研究プロジェクトで重要な鍵となったのは、研究実施体制を整えることであったといいます。例えば、東京大学医科学研究所のスーパーコンピューターを利用できる環境や、京都大学や東京大学との共同研究者間でサンプル調製のコツやデフォルトのプロトコルから反応時間の最適化といった情報を共有することは、研究を進める上で欠かせないものでしょう。
設備、人材や費用の面で次世代シーケンスを用いた研究にハードルを感じている研究者には、「学会や勉強会などに参加し情報を得たり、共同研究者など信頼のできる人とのつながりを作ったりすることで研究体制が整うのではないでしょうか。」と滝田先生からアドバイスをいただきました。それでも研究体制が整わない場合には、受託サービスという方法もぜひご検討ください。ご研究の概要をうかがって、解析手法のご相談から対応させていただきます。(高橋良子)