〔リバネスセンシズ〕植物の可能性を社会に活かすひと(後編)

〔リバネスセンシズ〕植物の可能性を社会に活かすひと(後編)

リバネスセンシズでは、リバネスメンバーのインタビューを通して、そのパッションを紐解き、実現しようとする個々の未来像をお伝えします。

川名 祥史(かわな よしふみ)
博士(環境学)

専門分野:植物細胞工学

(聴き手:佐野 卓郎)

植物の研究者である川名祥史(かわな よしふみ)さんは、リバネスに参画し様々なプロジェクトを体験する。そして、ある強い思いを抱くようになる。それはいったいどのようなものなのか、さらにインタビューを進めてみた。

→前編はこちら

佐野:インターンを経て、2008年4月には一旦入社しますが、その後すぐに起業してますよね?

川名:はい。入社当初は、粘菌を培養するキットなど教材の開発や、高校生向け科学誌「someone(サムワン)」の制作と営業、教育事業、海外インターンシップ事業などに関わっていました。色々とやる中で、農業や食など植物が関わる仕事にも携わるようにもなりました。もともと植物の研究者ですから、特に農業や食には思い入れがありましたね。
そんな中、農業はその出口が難しいことを知ったんです。農家さんがどんなに良いものをつくっても、それを市場に出していくことができなければ意味がないわけです。そこで2009年10月に「LDファクトリー」という会社を設立しました。販路の開拓を手伝ったり、実際に自分でも商品を売ってみたり。飲食店を経営して、地域産品の出口をつくるなどもやってみました。
通常リバネスでやる事業とはまったく毛色の異なる事業ばかりでしたし、商売の難しさを実感しましたね。

佐野:LDファクトリーの代表をしていた頃、沖縄に住んでいた時期がありましたよね?

川名:はい、博士を修了してから1年半後くらいの時でしたね。

佐野:なぜ沖縄だったんですが。

川名:沖縄はアジアへのハブとなる重要な拠点にもなりますし・・・という表向きの理由もあるんですけどね。実は、丸さんと一緒に初めて沖縄に降り立ったとき、「ここで何かやりたい」と思ったんです。沖縄が好きだったんですよ。マングローブもあるし。植物の研究者には南の島は、様々な植生があってとても魅力的なんです。

佐野:それで、沖縄に住んで、どんなことをしましたか?

川名:先行して沖縄にいた福田君とともに、ブランド豚の開発と流通をやってみたり、紅茶のための茶畑をつくってみたこともあります。茶畑は上手くいきませんでしたけどね。

佐野:そして、色々な経験をして、また東京に戻ってきたというわけですね。その経験からどんなことを得ましたか?

川名:会社や事業を拡大していく中で、経営に携われたことは、本当に大きな財産になりました。当時のリバネスにはなかった人間関係の中で、「ビジネスとは何か」をひたすら考え続けるわけです。山あり谷ありではありましたが、本当に良かったと思います。今は、地域のベンチャー企業などを支援していますが、そのときの経験が活かせていますよ。

佐野:現在は、どのようなことをやっていますか?

川名:飲食店は他の関連会社に手渡し、LDファクトリーはマイロプス社と合併して新しい仕事をやっています。
私自身は、リバネスの社員でもあるので、こうした経験を活かしながら、これまで通りの農業の出口を作るような仕事や、植物工場のような新しい農業の形を追求する事業をしています。

佐野:先端農業ですね。

川名:はい。実は今、長野県にある川上村で、農業を盛り上げるために最先端テクノロジーを導入する取り組みをしています。

佐野:なぜ川上村なんですか?

川名:もちろん、村の方々がそうした先進的な取り組みに対してとても前向きであることも理由のひとつですが、実は川上村は農業ICTの実証をしやすいフィールドなんです。農業ICTがなかなか露地栽培に広がらない中、川上村は露地栽培の村ですから、村全体でICTに取り組むことができる。非常に魅力的なところです。

佐野:今後、どんなことを仕掛けていきたいですか?

川名:まずは、川上村のような事例を積み上げていきたいと思います。最先端のテクノロジーを食とか農の現場に入れていきたい。そのためには、事例をいっぱい増やすことが大事だと考えています。うまくいった事例を増やしていければ、研究と農業が近しい存在だと、多くのひとが気づくと思うんです。

 

ごく身近な植物の世界に足を踏み入れた川名さん。そこに潜むアグリテックの可能性を見出し農業や食に活かしていくことで、今、地域の産業に貢献していこうとしている。植物研究者の挑戦は、これからが正念場だ。