宇宙にいったネズミたち

人類が初めて宇宙へ飛び立つ約1年前の1960年8月19日、ロシアはSputnik5という宇宙船を打ち上げました。この宇宙船に搭乗していたのはラット、マウス、イヌ。この3種類の生物は、ヒトが宇宙環境下でも生存できることを実証するために選ばれました。有人宇宙開発が始められた頃は、微小重力下ではヒトは長期生存できないかもしれないという仮説が有力で、宇宙放射線による障害も問題視されていたのです。

この3種類の生物が無事に帰還したことが、後のユーリイ・ガガーリンの打ち上げに繋がっていきます。

 

ヒトの代わりになるネズミたち

ラットやマウス、というのは普段あまり聞き慣れない生き物かもしれません。彼らはネズミの仲間で、ラットはドブネズミ、マウスはハツカネズミとも呼ばれています。なぜ、宇宙船の搭乗者として、訓練しやすいわけでもなく、ヒトと近縁でもなさそうなネズミが選ばれたのでしょうか。それは、彼らが「モデル動物」と呼ばれ、ヒトの代わりとしてさまざまな研究に使われる動物だったからです。

 

ネズミの脳から大発見

またモデル動物の別の役割として、ヒトと共通する生命現象についての研究があります。中でも脳や神経の研究に、ラットが選ばれる事がよくあります。彼らはヒトと同様に発達した大脳皮質を持ち,高い学習能力も持っています。なんと、苦痛を与えた実験者のことを覚えて、その人に世話をされると怯えたりすることもあるのです。10年ほど前、そのラットを使った脳の研究から、ヒトの脳にも関わる大きな発見がなされました。

かつて、ヒトの神経細胞は1日10万個以上が死に、脳全体では50万から100万個の神経細胞が死ぬと推定され、90歳で約2/3程度に減少するとされていました。神経細胞はけがや病気で一度失われたら、自ら補うことができないと考えられていたのです。

しかし1990年、ラットの脳の側脳室上衣下層と呼ばれる部位で、大人になってからも新しい神経細胞が生まれ、脳の別の部位に移動していることが発見されたのです。

ネズミの研究が、ヒトを支える

今ではヒトにおいても脳の中で神経細胞の新生があることが分かっており、それを脳障害の治療に使えないかと研究が進んでいます。最近の成果では、神経細胞が血管を足場に移動していることもわかってきました。しかし、神経細胞が正確に障害部分に移動し成熟するのはごく少数で、実際に治療に応用するにはまだ時間がかかりそうです。

成体脳での神経細胞の移動メカニズムが明確になり、薬剤や遺伝子操作によって失われた神経細胞を補うようにコントロールできるようになれば、いずれは脳梗塞などの治療も可能になるかもしれません。それらを実現するための研究が、今もラットやマウスを使って行われているのです。

2005年にNASAは重力発生装置をISSに設置しない事を決め、ISSでネズミが飼育されることは無くなってしまいました。しかし、これからもネズミたちは地上で数々の生命現象の解明や、私たちの健康を支える発見をもたらしてくれるでしょう。

【参考文献】

実験医学 2007年2月号
羊土社 p346〜351
マウス・ラットなるほどQ&A
羊土社 p60
ニューロサイエンス入門
村松道一著 サイエンス社 p20

(文責:新村友里)