小さなエイリアン!〜コマユバチの生存戦略〜

1967年9月7日、Biosatellite IIにのってコマユバチが宇宙へ飛び立ちました。 コマユバチといってもなじみがないかも知れませんね。皆さんはモンシロチョウを飼育したことがあるでしょうか。飼っていたモンシロチョウの幼虫から突然小さな幼虫がたくさん出てきて蝶の幼虫が死んでしまったという経験のある方もいるかもしれません。この小さな幼虫がアオムシコマユバチの幼虫です。親バチが蝶の幼虫の体に産卵すると、卵からかえった幼虫が寄主(寄生される生き物)の体内を食いあらして育ち、成虫になる前に寄主の体から脱出して繭を作って、蛹になります。

一見するとちょっとグロテクスで怖いこの寄生バチ、寄主の体の中で生きるために、さまざまなハードルを乗り越える面白い知恵をもっているのです。今日は一緒に彼らの生き方を観察してみましょう。

卵をうみつけられたアワヨトウ

コマユバチの中でも面白い生き方で知られているのが、トウモロコシの害虫であるアワヨトウに寄生するカリヤコマユバチです。産卵期に入ったカリヤコマユバチはアワヨトウの幼虫を発見すると産卵管を幼虫に刺し、40〜100個程度の卵を産みつけます。この間わずか数秒。あっという間です。産卵された卵は、アワヨトウにとって明らかに異物ですよね。昆虫の体では、大きな異物が侵入すると、まず顆粒細胞という細胞が異物の表面に付着します。その顆粒細胞が出す物質を目印にプラズマ細胞という細胞が集まり、顆粒細胞が取り巻いた異物の外側をさらに取り囲んで、その働きを止めます。ちょうどあんこをおもちでくるむようなものですね。でもコマユバチの卵はこのような細胞の攻撃は受けません。いったいどうなっているのでしょう?

一つ目の秘密は卵の表面に隠されています.コマユバチの卵巣からはアワヨトウが体内に持っているタンパク質と構造がよく似たタンパク質が分泌されます。それが卵をコーティングすることにより、アワヨトウは卵を自分の細胞として認識してしまい、顆粒細胞が異物にくっつきにくくなります。顆粒細胞がくっつかないとプラズマ細胞もはたらかないので、細胞の攻撃が起きないのです。しかし、このコーティングだけではコマユバチの卵はこれらの細胞の攻撃を完全に免れることはできません。その上、コマユバチの卵は成長とともに表面も変化していくためいつまでもこの効果が続くわけではありません。そこで大事になってくるのが、コマユバチに共生しているポリドナウイルスというウイルスの働きなのです。

コマユバチと共生するポリドナウイルス

ポリドナウイルスはカリヤコマユバチの体内でしか増殖することができないウイルスです。カリヤコマユバチはポリドナウイルスなしでは子孫を残すことができません。ポリドナウイルスはコマユバチの卵巣内に存在し、卵がうみつけられる時にアワヨトウの体内に侵入します。ポリドナウイルスが侵入したアワヨトウの幼虫は体内では、免疫抑制タンパク質(ISP)という物質がたくさん作られます。ISPは健康な幼虫の体内でもわずかながら生産され、前述の細胞の反応が自分の細胞を攻撃してしまうのを防いでいるものです。ISPが大量に生産されると幼虫が異物を認識する感度は低下し、卵に対して細胞の攻撃が働かなくなってしまうのです。そして、コマユバチの卵は、アワヨトウから養分を吸収しぬくぬくと体内で育っていきます。

こうして、アワヨトウの中のコマユバチの卵は孵化するまでをこの寄主の体の中ですごします。しかし、ここでまた困ったことが起こります。 寄主の幼虫は寄生されてもえさを食べ成長しようとします。その栄養を奪ってコマユバチは生きているのです。しかし、もし成長しきるまでにアワヨトウの幼虫が蛹になってしまったらどうなるでしょう。幼虫から蛹になることは劇的な変化です。寄主の蛹化に伴って栄養源として利用してきた寄主の体液の状態や代謝系が劇的に変化してしまい、コマユバチは生きていくことができなくなってしまいます。そこで、なんと、コマユバチは寄主の成長をコントロールして、蛹にさせない仕組みをもっているのです。

アワヨトウを蛹にさせないために

そもそも幼虫が蛹になるときには昆虫の体内ではどの様な事がおきているのでしょうか。幼虫はある程度まで成長すると前胸腺刺激ホルモンというホルモンの分泌を合図に脱皮が行われます。このとき幼虫の体内には幼若ホルモン(JH)も存在します。幼虫が小さいときは、幼若ホルモンがある状態で前胸腺刺激ホルモンの分泌が繰り返され、何度か脱皮をするのです。さらに成長して幼虫が終齢になると、幼若ホルモンを分解する幼若ホルモンエステラーゼ(JHE)の活性が高くなります。JHEによってJHが分解された状態で、また前胸腺刺激ホルモンが分泌されると、今度は脱皮ではなく蛹化が起こります。つまり脱皮をするか蛹化をするかはJHの有無によって左右されているのです。ということは、アワヨトウを蛹にさせないためにはJHを体内に残しておくことが必要となってきます。コマユバチは蛹にさせないためにアワヨトウのJHEの活性を下げてしまうのです。これもポリドナウイルスの作用であるといわれています。ポリドナウイルスが体内に入ることが引き金となり、JHEの活性を下げるタンパク質が寄主体内に作られるのです。

アワヨトウの行動をコントロール

卵が産み付けられてから約10日後、卵が孵化するときが訪れます。本来夜行性のはずの寄生されたアワヨトウは、コマユバチに操られたように昼間に葉の上に移動します。そして静止した状態のアワヨトウからコマユバチの100匹あまりの幼虫が皮膚を破って出てきます。ハチが出てくる間ずっとアワヨトウの幼虫は動きません。このとき、皮膚が破られるのですから幼虫の体液が漏れ出してしまいそうですがそんなことはありません。コマユバチの幼虫はカプセルのような固い体表を持っています。そこでまずカプセルごと寄主体表から頭を出します。その後、カプセル状の体表を体内に残したまま脱皮して中身が出てきます。そのためカプセルが蓋の役割を果たし、体液の流出を防ぐのです。

コマユバチがでてきた!しかしそこで終わりではないのです。脱出したカリヤコマユバチの幼虫は集団で繭を作りますが繭の集団の中にアワヨトウの死骸があると、これが腐って微生物が繁殖するのでアワヨトウの幼虫に最後の力を振り絞らせて移動させます。繭の汚染の原因になるものを自分たちから遠ざけるのです。コマユバチは体外に出てしまったのにいったいどうやってアワヨトウを操っているのか。これがどういったメカニズムで行われているのかはまだ謎に満ちているのです。

コマユバチを利用する人間

こんな一見恐ろしい寄生をしているコマユバチですが、農業に役立っていることもあります。コマユバチが寄生する寄主の多くは、農作物の害虫です。アワヨトウはトウモロコシにつく害虫と考えられています。また、トマトの害虫であるマメハモグリバエの天敵もコマユバチの一種です。天敵であるコマユバチを生物農薬として農業の現場で使うことにより、農薬を使わずに作物の被害を防ぐということが行われているのです。

寄主をコントロールするコマユバチ、コマユバチと共生するポリドナウイルス、コマユバチを農業に利用する人間、なんだか複雑な関係があるんですね。

【参考文献】

寄生から共生へ 昨日の敵は今日の友
山村則男、早川洋一、藤島政博  平凡社 シリーズ【共生の生態学】6
寄生バチをめぐる「三角関係」
高林純示、田中利治  講談社 講談社選書メチエ43

(文責:田中麻美)