宇宙に行ったカメ

宇宙に行ったカメ

1969年9月14日、ソ連の宇宙船Zond 5に乗って、リクガメの一種であるが宇宙旅行に旅立ちました。ロシア南部から中東にかけて広く分布するホルスフィールドリクガメは長期間の絶食に耐え、乾燥にも強いため宇宙飛行に向いていると考えられたのです。この年以降、数回にわたって宇宙に打ち上げられ、後のZond 7に乗船した4匹のカメは月を周回した後、無事に地球に帰還しました。

カメには面白い特徴がいっぱい

宇宙旅行さえも果たしてしまったカメ、日本ではペットとしても比較的馴染み深い動物ですよね。でも、このカメ、よく考えてみると、1ヶ月程度の絶食に平気で持ちこたえたり、平均寿命が50年、長いもので200年と、とても長生きできるなど、面白い特徴をいっぱい持っています。中でも、私が思うカメの最も面白い特徴は”甲羅”です。頑丈な甲羅を背負ってのんびりと動くカメ、とても魅力的ですよね!今日はそんなカメの甲羅についてのお話です。

甲羅はカメのなんなのさ?

そもそも甲羅ってカメにとってどんなものか知っていますか?体と一体化したものなのか、はたまた鎧のように体の外にまとっているものなのか?

実は、カメの甲羅は私たちで言うと表皮と肋骨が変形してできているのです。ちょっと意外じゃないですか?カメの甲羅、脱げないんですね。カメの甲羅は2層構造になっています。その内側の層が肋骨にあたり、放射状に広がった形をしています。これを甲板と呼びます。一方、外側の層は表皮にあたります。ケラチンと言うタンパク質でできていて、鱗板と呼びます。これは、表皮が平面に拡大し、硬くなったものです。ケラチンは人のツメや毛の成分として有名ですね。カメの甲羅は、この甲板と鱗板の2層が層構造をつくっているために非常に丈夫になっているのです。ちなみに、骨と表皮が変形してできたカメの甲羅はほとんどの場合、生涯を通じて成長していきます。

さて、カメ類のみに見られる独特な甲羅、いったいどのようにできるのでしょうか。

カメの甲羅はどうできる?

カメの甲羅の1層目は肋骨が変形することによってできていました。他の動物、例えばヒトでは肋骨は背骨からお腹側にぐるっと伸びていきますよね。一方、甲羅をつくるカメの場合は、肋骨は背骨からまっすぐ外側に伸張していくのです。これはカメのみに見られるとても大きな特徴です。この肋骨の成長の仕方の違いは胚の時点でうまれます。カメ以外の動物では胚の段階で肋骨が腹側の体壁へと進入していくのですが、カメの場合は肋骨が腹側へ進入せずに、背側から外側に向かって伸張していきます。

どうしてカメの肋骨は外側に伸びていくのでしょうか?これには、カメの胚のみに見られるCR (carapacial ridge:直訳すると甲羅の隆起部、専門的には甲稜)と呼ばれる隆起部が関係していると言われています。CRは胚の将来背中になる部分とお腹になる部分の間辺りに膨らんできます。この膨らんだ部分に肋骨が伸びていくため、カメの肋骨は他の動物のようにお腹側に回りこまずに、背側で伸張していくのです。
CRはカメの胚のみに見られ、そこから肋骨が横に広がっていくことから、CRが肋骨の背側での変形を導くと以前から推測されていました。つまり、CRが胚にあるからカメは甲羅を持つことになると考えられていたんですね。しかし、この推測は近年の研究によって否定されました。CRの機能を調べるために、CRを胚から切除したり、移植したりという実験をしたところ、切除しても移植しても肋骨が背中側に広がっていくということには変化がなかったのです。CRがなくても甲羅にはなるわけです。現在では、CRは肋骨の位置関係を決めているのではなく、その広がり方のパターンを決めていると考えられています。カメの最大の特徴、肋骨が背側で横に広がるメカニズムが何によってもたらされているのかについては科学者にとっても謎のままなのです。
カメの甲羅がどのようにできるかについては未だに明らかにされていないんですね。カメの甲羅については、もう1つ大きな謎があります。それは、カメの甲羅が進化的にいつどのようにして獲得されたのか?とういうことです。

カメの甲羅はいつできた?

カメの甲羅はいつできたか、これはつまり、カメがどのように進化してきたか、と言うことでもあります。このカメの進化、実はまだ良く分かっていません。生物の進化を調べるのに有効な方法として最も一般的なのは、化石を調べる方法です。カメの化石は、博物館などで見かけることは少ない気がしますが、実は世界各地で数多く見つかっています。現在よく知られている最古のカメはプロガノケリスというカメです、このカメ2億年以上も昔に生きていたにも関らず、既にしっかりとした甲羅を持ち、もはや完全なカメに進化していました。驚くことに、カメは2億年も前から今とほとんど同じかたちをしていたんですね。プロガノケリス発見によって、カメが遠い昔から変わらぬ姿であったと言う興味深い事実が分かりました。しかし、変わらぬ姿であったがゆえに、カメがどのように甲羅を獲得してきたのか、という謎の解明にはつながらなかったのです。この謎の答えを教えてくれる、カメと、その祖先であっただろう爬虫類の中間の姿をした生物、それはまだ誰の目にも触れずに地の底で眠っているのかもしれません。

身近なカメにも不思議がいっぱい

私たちにとってもわりと身近な存在であるカメ、そんなカメに存在している甲羅、気にしなければカメに甲羅があるのは当然と受け入れることができます。ですが、ちょっと立ち止まってなぜ?と思って調べてみると学者にさえ分からない謎がいっぱい詰まっています。身近なものになぜ?と問いかけると、そこには誰にも分からない謎がまだまだいっぱい隠れているのかも知れませんね。

そうそう、宇宙に行ったカメ、月を周回して無事に戻ってきたカメは、解析された結果、大きな異常は見られませんでした。どうやら、カメは宇宙でも私たちの身近な存在でいてくれそうです。

【参考文献】

高沖宗夫 (2007) 宇宙実験のモデル動物−過去の事例と今後の選択
Biol. Sci. Space., 21, 76-83.
Sutulov, L.S., et al., (1971) Post-flight histological analysis of turtles abord Zond 7.
Life Sci. Space Res., 9, 125-128.
Hiroshi Nagashima (2007) On the carapacial ridge in turtle embryos: its developmental origin, function and the chelonian body plan
Development, 134, 2219-2226.
カメはどのようにして甲羅を獲得したのか
理研CDB科学ニュース 平成19年6月11日
平山廉 カメのきた道 甲羅に秘められた2億年の生命進化
平成19年 NHK ブックス