宇宙へ行ったモルモット

宇宙へ行ったモルモット

1962年8月11日、ソ連の宇宙船Vostok3号に乗ってバイコヌール宇宙基地から飛び立った生きものはモルモットです。実は、モルモットが宇宙に行ったのは、このときの他には1990年に中国のカプセル衛星に乗った、わずか2回きり。同じ実験動物として有名なラットなどは何度も宇宙へ行っているのにも関わらず…です。いったいなぜなのでしょう。

 

モルモットはモデル生物じゃない?

モルモットというと実験動物の代名詞といったイメージをお持ちの方が多いと思います。それなのに、なぜ宇宙へ行った回数がこんなに少ないのでしょうか?確かに、モルモットは昔から実験に使われてきた動物なのですが、今ではマウスやラットにその役割をとって替わられています(『宇宙に行ったネズミたち』 参照)。その理由は、マウスやラットはモルモットに比べて飼育が簡単で、特別な性質や遺伝子を持つ個体を維持しやすいからです。つまり実験に用いる動物という観点から見れば、モルモットよりもマウスやラットのほうが適しているというわけです。
では、モルモットが研究現場から姿を消してしまったのか、というとそうではありません。実は、今でも「モルモットを使ってしかできない実験」のため利用されています。そのひとつが、結核菌に対抗するための研究です。

結核のワクチンをつくる

結核菌は「結核」という病気を引き起こす細菌です。結核というと、昔の病気と思われがちなのですが、実はそんなことはありません。いまだ世界中で猛威をふるっていて、1年間で800万人もの人が結核にかかっています。日本でも3万人近い人が結核になっていると報告されています。現在日本では「BCG」という毒性を弱めた結核菌を注射する予防接種を行っていますが、予防効果が一生続くわけではないといった報告もあり、結核菌による被害を食い止めるため、多くの研究者が日夜努力しています。その解決策の糸口がモルモットにあるのです。

体内の結核菌を見つけるしくみ

BCGのような、感染症に対する予防効果をからだに作らせる薬のことを「ワクチン」といいます。ワクチンは、細菌が感染したときにからだの中で起こる防御反応である「免疫」を活性化する働きを持っています。つまり、本物の病原体が来る前にからだを守るしくみを作ってしまうわけです。

この免疫のしくみが働くときに重要だと考えられてきたのが、感染した細菌に対して最前線で働く細胞たち(マクロファージや樹状細胞)が持つ「MHC」というタンパク質です。MHCは、自分のからだの中に侵入してきた細菌を攻撃するために、目印として「その細菌だけが持っているタンパク質」を細胞の表面に出すこと(抗原提示)を行っています。標的の目印を周りの細胞(T細胞やB細胞)に示すことで、その細菌を攻撃することができる抗体を作ったり、感染した細胞を排除したりしているのです。

従来の結核菌のワクチンに関する研究は、結核菌だけが持つタンパク質ないしそれを分解したものを使って、免疫を活性化することを目的として行われてきました。しかし、これらを抗原提示するMHCは個人差が大きく、なんと1013通りものタイプが存在しうるのです。さらにMHCが提示するタンパク質や分解物のアミノ酸配列は、設計図となるDNAの塩基がひとつ変わるだけでも変化してしまう可能性があります。つまりMHCを介した免疫を利用するワクチンは、有効か否かの個人差が大きい上に、結核菌の少しの変異で簡単に無効化されてしまう恐れがあるのです。

タンパク質以外の目印

そのような状況の中で注目され始めたのが、「CD1」というタンパク質、そして結核菌の細胞壁に多量に存在するミコール酸という脂質です。ミコール酸は結核菌の細胞壁に特有なもので、その存在は1930年代から知られていました。そして1990年代になって、CD1によってT細胞に提示され、結核菌を排除する免疫反応を誘導できるということが分かったのです。

結核菌に対抗する、CD1を介したワクチンのメリットは2つ考えられます。1つ目は、脂質(ミコール酸)はタンパク質とは異なり、DNAが多少変異した程度では変化しないため、CD1を介したワクチンは、変異型の細菌に対しても効果が高いことです。2つ目は、CD1はMHCとは異なり個人差が少ないため、汎用性の高い万人に有効な結核菌ワクチンとなりうることです。

このようなメリットから、結核菌予防の研究の中でCD1が注目されてきましたが、ヒトはグループ1とグループ2という2タイプのCD1を持ち、ミコール酸を提示するのはグループ1の方です。一方、マウスやラットはグループ2だけしか持っておらず、結核菌ワクチンの研究には適さないのです。そこで重要なのが…そう、モルモットなのです。モルモットはグループ1のCD1を持つため、ヒトの結核菌に対する免疫機構の研究に関してはまさにうってつけの動物といえます。

モルモットを用いてCD1と脂質を標的とした結核菌の研究が進めば、万人に適用可能で結核菌の変異の影響も受けづらい、強力なワクチンが開発されることが期待できます。他にも、モルモットを使った実験で、たくさんの成果が得られてきました。以前と比較すると、モルモットに対する研究現場での需要は低くなっていますが、それでもその性質を利用して、現在もさまざまな研究が行われています。

今までも、これから先も、モルモットは私たち人間の暮らしをよりよいものにするために重要な存在であり続けると思います。そのような実験動物たちによりに現代の医療などは成り立っているわけですから、動物たちへの感謝の気持ちを忘れないようにしましょうね。

【参考文献】

『一目でわかる免疫学 第4版』 
J.H.L.プレーフチェア(著者)、B.M.チェーン(著者)、田中伸幸(訳者)メディカルサイエンスインターナショナル 2007
CD1:抗原提示の新たなパラダイム
杉田昌彦 . J Nippon Med Sch 2001; 68(6)
基本免疫と獲得免疫
高橋秀実.  J Nippon Med Sch 2002 ; 69(5)

【参考HP】

(財)結核予防会結核研究所HP
http://www.jata.or.jp/rit/rj/meneki/reaction/defence/defence1.html
(財)結核予防会結核研究所 HP
http://www.jata.or.jp/
京都大学 ウイルス研究所
http://www.virus.kyoto-u.ac.jp/Lab/SugitaFolder/research/research.html
厚生労働省検疫所HP
http://www.forth.go.jp/official/070711_03.html

photo credit: JoshuaDavisPhotography via photo pin cc

(文責:松尾耕介)