宇宙に行ったメダカたち
1994年7月に日本人宇宙飛行士、向井千秋さんとともに、4匹のメダカがスペースシャトル「コロンビア号」で打ち上げられました。この4匹のメダカ(雄2匹、雌2匹)は、雄がコスモと元気、雌が夢と未来(みき)と名付けられました。宇宙での15日間の実験を終えた後、無事に帰還してきたことから「宇宙メダカ」と呼ばれています。このメダカ達は宇宙でどのような実験を体験してきたのでしょうか?
宇宙に魚を連れていく!?
生物にとって子孫を増やす(生殖)ということは重要な仕事です。宇宙実験が可能になってから、宇宙でも脊椎動物(魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類)が子孫を増やせるかどうかは人々の興味を引くテーマでした。そこには、将来的に「人類は宇宙で暮らすことができるのか?」といった疑問に対する答えがあるからです。
宇宙での生殖行動の実験で、最初に白羽の矢が立ったのが「魚」でした。その理由は、魚が泳いでいる時を想像すれば簡単です。普段は水の中を自由に動き回っている魚ですが、時には水中にじっとしている場面を見たことはありませんか?この時、魚の体重はその体積分の浮力と釣り合って、いわば無重力に近い状態にある(つまり、魚は地球上でも宇宙空間に近い重力環境で暮らしている)と考えられます。ならば宇宙でも、地球と同じように生活して、生殖行動ができるのではないか?さらには、魚の卵は透明で中が透けて見えるものが多いので、無重力で受精した卵から、赤ちゃんの体ができていく様子(発生)も観察しやすいのではないか?と、考えられたのです。
また、魚が選ばれたのには、もう1つ理由がありました。それは、いつか人が宇宙で生活できる様になった時、食糧源として魚を養殖することが考えられているからです。宇宙に連れて行ったメダカが、地球上で飼育されている時と同じように産卵し、子供が生まれ、成長することができれば、その実験データを元に、将来的に宇宙空間や月面基地で魚の養殖が可能になるかもしれません。
でも、なんで、メダカなの??
魚の中でも、メダカが選ばれた理由は大きく3つ考えられます。1つめが、生物学的な研究が進められている「モデル生物」であることです。既に世界中で色々な研究が進められているので、宇宙に行ったことで何か新しい現象が見つかった時、これまでの成果を元に分析・研究を行うことができるのです。2つめが、小さなスペースで簡単に飼育が可能なことです。宇宙での実験は、スペースが限られてしまうため、できるだけ少ないスペースで簡単に飼育が可能である必要がありました。そして最後の理由は、成長が速いことです。メダカは10日間で孵化するため、宇宙での短い実験期間でもメダカの発生(受精卵が孵化するまで)を観察することができます。また、卵から成魚になるまでに3ヶ月程度と1世代の間隔が短いため、人が20歳で子供をつくると考えた場合、メダカはその約80倍の速さで世代交代を繰り返す計算になります。人類が宇宙へ進出し、そこで子孫を増やしていく時、どのような変化が生じていくのか?そんな検証を、メダカを用いればシミュレーション実験として80倍早く予知できることになります。人類が宇宙生活を始めた800年後にどうなっているか、宇宙ステーションでメダカを10年間継代飼育すれば研究できることになるのです。
選ばれたメダカたち。
宇宙に行った4匹のメダカ、この4匹、選ばれるまでには多くの実験が繰り返されました。メダカが打ち上げられた1994年から、さかのぼること21年。1973年には、魚類を使った最初の宇宙実験が実施されていました。スカイラブという計画によってメダカの1種であるフンジュラスという魚が宇宙へ運ばれたのです。この時、ある問題が明らかになりました。この魚は、宇宙へ行くなり、ぐるぐると回転(ルーピング)を始めてしまったのです。魚類は、主に重力によって方向を認識しています。急に無重力空間に連れて行かれたため、方向感覚を失い、ルーピングを始めたと考えられました。徐々に無重力状態に慣れていったそうですが、このようにルーピングをしてしまうようでは、時間的にも限られた宇宙飛行で実験を行うのは、とうてい無理です。
そこで、まずはルーピングをしない、無重力に強いメダカの探索がされました。ヒントは、宇宙飛行士の中には宇宙酔いのひどい人と平気な人がいるという報告でした。ならば、メダカの中にも無重力に強いメダカがいるかもしれないと考えられたのです。短時間であれば、地球上で無重力状態を作り出すことが出来ます。身近な所では、遊園地で高い所から落下するフリーフォール。あれは約1秒の無重力が体験できる乗り物です。ジェット機を使えば、もう少し長い無重力状態が実現できます。放物線を描くように急降下、急上昇を繰り返すことで、約20秒間ですが、無重力状態を作り出すことができるのです。研究で使われている、いくつもの系統をジェット機に乗せて、無重力に強い系統探しが始められました。やはり多くのメダカは、無重力になるなり回転(ルーピング)をはじめ、中には1秒間に7回もの早さで回転を続ける個体もあったそうです。それでも多くの系統をチェックしていくうちに、ついに無重力でも普通に泳ぐメダカが見つかったのです!念のため、何度も航空機実験を行い、この系統のメダカはすべて無重力で回転しないことを確かめました。この結果は世代を経ても同じでした。無重力に強いという性質は、親から子へと確実に遺伝していることが確認できたのです。さらに、人にも個体差があるように、無重力に強いメダカの中でも、より無重力に強いメダカの選別が繰り返されました。こうして最後に選ばれたのが、先ほど紹介した4匹だったのです。
実験からわかったこと、これからわかること
4匹のメダカは脊椎動物として初めて、雌雄による生殖行動(産卵行動)を宇宙で行い、産卵された卵は宇宙飛行中に誕生(ふ化)し、赤ちゃんメダカとなりました。今ではその子孫にあたるメダカが「宇宙メダカ」として小・中学校をはじめ様々なところで飼育されています。
この実験は、宇宙ステーションで行われるであろう実験を見据えた実験でした。宇宙でメダカが産卵行動をとれること、卵が正常な稚魚になることがわかったことで、長期の実験が可能な宇宙ステーションが完成すれば、メダカを何世代も飼育(継代飼育)する可能性が開けました。実際に、現在、宇宙ステーションの実験棟「きぼう」の建設が進められています。実験棟が完成し、長期間の実験が可能になった時、再度メダカは宇宙へと飛び立つはずです。メダカは本当に宇宙空間で飼育が可能なのかでしょうか?そして、長期間の宇宙滞在は、生き物にとってどのような影響があるのでしょうか?こういった疑問が、これから宇宙ステーションでの長期にわたる実験で検証されていくでしょう。
【参考文献】
- 「宇宙」という特殊な空間での実験に向けて、新しいエサが開発されました。普段、皆さんが目にするエサと、どんな違いがあるのでしょうか…詳しくはこちらをご覧ください→メダカの宇宙食
本記事は、1994年7月に、スペースシャトル「コロンビア号」で行われた宇宙メダカ実験の研究代表者である井尻憲一先生が作成した「宇宙メダカ実験の全て」を改編したものです。
(文責:石澤敏洋)