世界初、エビの閉鎖循環式 陸上養殖システム

近年の魚食ブーム。海外でも健康食として脚光を浴びている魚介類の生産は、畑作から植物工場へと次世代農業が発展してきたのと同じように、環境非依存型の漁業、つまり閉鎖循環式陸上養殖にシフトしつつある。世界初のエビの閉鎖循環式陸上養殖技術を確立し、日本の陸上養殖の最先端を走る株式会社アイ・エム・ティーの専務取締役の野原節雄氏と主任研究員の伊熊公章氏に話を伺った。

魚食指向の中で高まる陸上養殖の重要性
現在主流となっている養殖方法は、海上のいけすなど限られた空間で高密度に飼育する海面養殖である。しかし、食べ残しの餌や排泄物、死骸等による水質悪化を起こすため環境負荷が大きく、赤潮発生の原因ともなる。さらに高密度な飼育は魚病発生のリスクを高めるため抗生物質等の薬を含む餌の使用が欠かせ い。魚食ブームと相まって、これら海面養殖の課題に対応した、閉鎖循環式陸上養殖による新たな魚介類の生産方法の確立と普及に寄せられる期待は大きい。

ゼロからのシステム開発
アイ・エム・ティーが陸上養殖の開発をするにあたりエビに着目したのは理由がある。日本は、世界第2位のエビの大量消費国であり年間約25 万トンを消費しているが、その約9 割を輸入に頼っているため陸上養殖で育てられた安心で安全な国産エビの需要が見込めると考えたからだ。また、魚よりも成長が早いというメリットに加え、ウイルス性の病原菌をもたない稚エビの入手が比較的容易であることから、バナメイエビを開発のターゲットとした。日本にはエビの陸上養殖について十分な知識をもった研究者がいないなか、養殖システムの開発はまさに手探りの状態だった。ハワイの研究者を招へいして、エビの生態や飼育に必要な塩分濃度や温度などの諸条件について指導を仰ぎ、その指標をもとに一歩ずつ開発を進めていった。例えば、水質のコントロールでは、アンモニアや亜硝酸を濾過材で取り除くが、きれいになり過ぎるとかえってストレスになることがわかり、最適化に苦心した。また、濾過材に有機物が濃縮される結果、ユスリカの大量発生が起き、日に1 kg もの量を処分していた時期もあった。施設内にはユスリカを食べるクモが増え、クモを食べるカエル、さらにはヘビまでが現れてしまったという。

閉鎖循環式陸上養殖を実現させた“世界一”のデータ
こうした課題1つひとつに向き合い研究を重ねることで、不純物を取り除くフィルターや脱皮殻の自動収集装置、酸素濃度管理を備えた閉鎖循環型システムを構築することができた。高密度でもストレスを与えない飼育方法は抗生物質などの薬品を一切必要としない。自然に近い環境で波に揉まれて適度に鍛えられたエビは、ぷりぷりと身が引き締まり旨味がある。このようにして従来の養殖エビよりも高品質のエビを安定して供給することができるようになったのだ。これにより、アイ・エム・ティーら(他、独立行政法人国際農林水産業研究センター、独立行政法人水産総合研究センター増養殖研究所)は、2009 年の第7 回産学官連携功労者表彰において農林水産大臣賞を受賞した。
実証プラント第1 号を導入している、新潟県にある妙高雪国水産株式会社では「妙高ゆきエビ」が生産されている。県内や都内の飲食店、さらには通信販売のかたちで流通しており、陸上養殖生まれの「妙高ゆきエビ」ファンを着実に獲得している。
開発を始めてから10 年以上が経過した今も、より完成度の高いシステムの構築に向けて意欲的に研究データを蓄積し続けている。例えば、日に4 回の掃除により得られる食べ残しや死骸量の日内変動のデータは、陸上養殖だからこそ容易に手に入れられる貴重なものだ。同社の高い陸上養殖技術の裏には、“世界一”を自負する質の高い様々な研究結果の積み重ねがある。現在も、60 万匹の稚エビのうち30 万~ 40 万匹という出荷効率を45 万匹まで上昇させることを目標に研究開発が行われている。

広がる陸上養殖技術の可能性
水をふんだんに使うイメージの陸上養殖だが、実は牛や豚、鶏などの畜産や米や小麦といった畑作よりも水の消費量が少ない食料生産技術であることに驚く。牛枝肉1 kg あたりに消費する水の量が72,300 L と試算されるのに対して、陸上養殖エビ1 kg は315 L である。野原氏のもとには、遠くアフリカからも技術指導の依頼が届く。日本のODA で掘った井戸から高塩濃度の水が出て飲用できないため、その井戸を利用して陸上養殖による食料生産ができないかというものだ。このように、世界的な人口増加や魚食ブームが続くなか、陸上養殖技術が魚介類の生産に不可欠な技術となることは間違いない。現在、陸上養殖単独ではイニシャルコストが高く収益性の低いビジネスではあるが、かつて植物工場がそうであったように、6 次産業化や観光資源など他の目的も合わせて普及させていく段階にあるといえる。アイ・エム・ティーが構築してきた世界初のエビの閉鎖循環式陸上養殖技術と世界一のノウハウをもとに、そのハードだけではなくソフトも含めて国内外へ展開されることが期待される。