環境非依存型生産技術の 研究動向と 産学連携の方向性
ここまで、事業者・識者から、環境非依存型生産技術を用いたビジネスや技術動向についてお話を伺ってきた。そこから見えるのは、取り組む事業者や研究者の絶え間ない努力の上に発展してきたその歴史である。 そして、産と学が密に連携した実用化を前提にした技術開発の必要性だ。最後に、環境非依存型生産技術を研究面から捉え、今後の産学連携とビジネスの方向性を考える。
完全人工光型植物工場の研究は充実化している
ここ数年の研究テーマ※から、植物工場に関する研究動向を探ってみよう。研究内容は、主に4 つに分類できる。1 つ目は、主に運用時の理論や試算に関する研究だ。植物工場の提唱当時から続いてきた研究内容ではあるが、デバイスや栽培手法等の開発が進むことで、新たな仕組みの検証が行われる。また、事業化の進行に伴い、植物工場からの廃棄物の有効活用など、より具体的な課題のシミュレーションもテーマとなっている。2 つ目は、温度や湿度、栽培養液など、栽培環境に関する研究である。光照射による栽培効率の向上・高付加価値化や栽培品種の拡大に向けた研究など、応用に直結した研究が進められている。テーマとして最も盛んであるのが、3 つ目の作物の生理的な状況解析に関する研究である。滲出物や、直接植物にデバイスを挿入することでモニタリングを行う仕組み、イメージングで生理的状況を把握する仕組みなど、その基礎的な研究が多く行われている。また最後に、植物工場に関わる作業のワークフローやデバイスの研究も複数ある。質、量ともに充実してきているといってよいだろう。総じて、技術的課題からビジネスモデルの課題解決に向けて、研究界・産業界が連携して取り組んでいる状況であるのが、完全人工光型植物工場だ。
閉鎖循環式養殖の研究は欧州が先行、エビ養殖は日本がリード
日本では、東京海洋大学などをはじめ、閉鎖循環式養殖の技術開発が進められている。今後も、引き続き
事業性に直接関わる、養殖密度を高める技術や廃棄コストを削減する技術、施設稼働を自動化をする技術と
いった研究を進める必要があるだろう。株式会社アイ・エム・ティーについては、国際農林水産業研究センター、水産総合研究センター増養殖研究所などと連携し、世界で唯一エビの陸上養殖を実現している事業者であり、養殖システムISPS(Indoor Shrimp ProductionSystem)で特許を取得するなど、高い技術力を有している。海外においては欧州が研究、事業ともにリードしているといえる。特に、オランダのワーゲニンゲン大学やデンマークのデンマーク工科大学、ノルウェー、フランスなどにおける研究活動の充実ぶりが水産総合研究センターの視察報告に記載されている。デンマークでは、すでに複数の事業者が養殖に取り組み、少人数で高効率な生産を実現しているという。
産学が連携し、国際競争力のある生産技術をどう確立するか
今後も、技術と事業性を高めようとする企業と研究機関との連携は必須であるが、日本総研の三輪氏は、海外と比較して現在の問題点を次のように指摘する。「日本では、大学と企業がダイレクトに連携し、基礎研究をかなり詰めてから商品化するので、実用化するまでの負担が大きいといえるでしょう。海外では、大学・企業間に民間の技術コンサルタントが存在し、学側の技術を組み合わせて実際の栽培手法の確立などを行っています。日本の場合は各自治体の農業試験場などがこれに当たりますが、こういった公的機関は、個
別の企業に関わることが難しい。その点が開発力の差になっているのでしょう」。ビジネスと研究の双方を理解し、適切な橋渡しが可能な民間企業の存在が今後不可欠である。
さらに、日本が環境非依存型生産技術で世界をリードするには、研究開発そのものの国際競争力を高める
必要がある。欧州などの技術視察を通して技術を輸入しているかたちでは、真に競争力のある技術にはでき
ない。海外、特に欧州の研究状況もキャッチしながら、産と学が連携したビジネス性の高い技術開発を進めていくことで初めて、日本独自で、かつ高い応用性と汎用性のある技術開発が実現する。環境非依存型生産技術のハード、ソフトを輸出産業として確立できるかどうかは、事業者・研究者の両者が海外の動向を捉えた幅の広い視野をもつことが条件になってくるだろう。
ビジネスと研究開発の今後を考える
調査とインタビューから総じて考えると、今後求められる研究開発ニーズとしては、主にコストダウンに
資する技術を中心として、栽培・養殖の多様な種苗生産、生産手法のマニュアル化、生産効率と環境要因の関連性の緻密な検討、ICT 技術などを活用した管理システム、高度かつ低コストな濾過技術などが挙げられる。水耕栽培と閉鎖循環式の陸上養殖を組み合わせ、ゼロエミッション化を目指すのがアクアポニクスだが、現在ではこの2つを組み合わせるレベルに達していない。まずは両技術の充実とビジネス化が進めば、最終的に開発へのニーズが高まってくると予想される。
今回、環境非依存型生産技術が発展する方式として、AGRI GARAGE 編集部では、次の2 つの未来を想像する。1つは、特化した事業者が集中的に生産を行い、高品質な生産物、あるいはその加工品までを展開するかたちである。これは想像しやすい未来の1つに違いない。コストの課題解決や、栽培・養殖に関わる技術レベルの向上により、マーケットの形成が自然と進むと考えられる。もう1つは、より普遍的に技術が普及し、個人や家庭レベルで生産が可能となるかたちである。設備自体のコストダウンや、より平易に扱える種苗や栽培・飼育方法の開発が進めば、個人レベルで自家用に設備を整えて食料生産を行う時代がくるだろう。
施設園芸や養殖について古くから研究と技術を高めてきた日本は、これらの技術についてアドバンテージ
がある。ポイントは、農業から工学まで分野が横断的であり、情報と技術を集約するハブ的存在が必要な点
である。このような機能を担う機関を活用して、的確な技術開発が進めば、強力な生産効率をベースとした
輸出産業を形成し、かつ技術自体も海外へ展開できる可能性が大いにあるといえるだろう。
※:KAKEN https://kaken.nii.ac.jp/ を参照。2008 年以降のテーマおよび成果から、植物工場をキーワードとするものを独自に選択した。