【教科書の向こうにいる人】 咲かせてみなはれ ~遺伝子組換え技術で咲いた青いバラ~(vol.22)

【教科書の向こうにいる人】 咲かせてみなはれ ~遺伝子組換え技術で咲いた青いバラ~(vol.22)

サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社

研究部上席研究員  田中 良和 博士

生物の教科書でお馴染みの「青いバラ」。バラは従来青い色素をもたないため、 青い花色をもつバラを咲かせることは「不可能」だと考えられていました。当時 急速な発展を見せ始めた遺伝子組換え技術を用い、色に関わる遺伝子を人工 的に導入することで、日本で花開いた世界初の成果。教科書には描ききれない、 実に14年の歳月を要したこの研究には、どのような困難があったのでしょうか。

 

変えたいのは、たった一つの水酸基

そもそも花の色はどのように決まるのでしょうか。 花色を決めているのは花弁の細胞に含まれる色素です。代表的な花色の色素成分には、黄色〜青までの多 様な発色に関わるフラボノイド、黄色からオレンジ色 を発色するカロテノイドなどがあります。そのフラボノイドの一種で広い植物種に含まれている色素が、ア ントシアニンのグループです。数百種類にのぼるアン トシアニンの仲間のうち、オレンジ色を呈すペラルゴニジン、赤を呈すシアニジン、青を呈すデルフィニジ ンの3つが花色の決定に重要な働きをしています。この3種類の色素について化学構造を比べてみると、な んとその違いはB環と呼ばれる部位に付いている水酸基(-OH)の数だけなのです。1つの場合はペラルゴニ ジン、2つならシアニジン、3つならデルフィニジンとなります。「原理としてはすごく簡単。水酸基の数を増 やしてやれば、花の色は青くなるはずだ」。そう考えた 田中博士は、「この水酸基を増やす酵素の遺伝子を他 の植物からとってきて、バラやカーネーションに入れてあげればいい」と、まさに発展途上だった遺伝子組 換え技術を使って青色の花を咲かせる研究をスタート させたのです。

 

手探りの中、やっと咲いた 青いカーネーション

「まずやろうとしたことは、青い花を咲かせるペチュ ニアから青色色素デルフィニジンを合成するフラボノ イド3’5’-水酸化酵素の遺伝子(通称、青色遺伝子)を とってくることです」。田中博士が研究をスタートさせた1990年には、遺伝 子を扱う技術は今ほど普及していませんでした。DNA の特定の配列を増幅させるPCR技術が発表され、その ためのサーマルサイクラ−が出回り始めた頃で、遺伝 子一つを取り出すことも大変な作業でした。さらには、 やっと取り出した「青色遺伝子」をバラやカーネーショ ンに導入する方法も確立されていませんでした。研究 が盛んなイネでさえ、遺伝子導入は至難の業とされて いた当時、実験を進めるための方法を作り上げるところから一つ一つ丁寧に進める必要があったのです。 最初に青色遺伝子の導入に成功したのは、赤い色の カーネーション。しかし、残念ながら思い通りの花色 にはなりませんでした。カーネーションがもともともっ ているペラルゴニジンも蓄積してしまい、2つの色が 混じるため青くならなかったのです。そこで、色をつく る遺伝子の働きを失っている白いカーネーションに、 青色遺伝子と、デルフィニジンが効率よく合成される のを助けるある遺伝子を導入し、ようやく青い花の カーネーションを咲かせることができました。

 

パンジーと出会い、夢かなう

ところが、赤いバラにペチュニアの青色遺伝子を導 入しても、デルフィニジンはまったくできませんでし た。ペチュニアでダメなら、ということでリンドウや チョウマメなどの10種類の青色遺伝子を次々と試して みたところ、パンジーの遺伝子でやっとデルフィニジ ンの存在がバラの花に確認できたのでした。デルフィニジンができても見た目にどの程度青くなるかは、デ ルフィニジンが蓄積する液胞の条件に依存します。た くさんのバラの品種の中から、青の発色に適した品種 を40ほど選び、これらにパンジーの青色遺伝子を入れ ました。何千ものバラを咲かせて、その中から最も花 色が青く見える個体を選抜してやっと「青いバラ」が誕 生したのです。「まさか14年もかかるとは思いません でした」。長い研究の果てにようやく咲いた青いバラには、「夢かなう」という花言葉が与えられました。

2009年に発売された青いバラですが、今でも、もっ と青くしようと努力中です。一つの鍵は、花弁の細胞 内のpHにあります。pHが高いほうが青くなります。バ ラの液胞のpHはおそらく4台で、青くするために5.5程 度は必要と思われます。また、2014年には多くの花に 共通の「色を濃くする遺伝子」を発表するなど、バラに 限らず花色の制御に関わる研究はさらに発展を遂げています。

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青いバラのプロジェクトがスタートした当時、田中博士 は31歳。大学時代から、好きな酵素の研究をしてきたこ ともあり、「大変やけど、酵素に関する研究なら続けられ るし、やってみよう」。常に普通とはちがうこと、おもしろ いことをしようという同社の「やってみなはれ」の精神のも とに始まった青バラへの挑戦を振り返り、「多少なりとも 世の中を良くする、明るくするのに役に立ったのかなと思 います。それが企業の研究者の使命だと思います」と話 してくれました。 教科書のほんの一節に出てくる内容でも、その裏側に は人生をかけた研究の日々があります。そんな視点で、 教科書に秘められた一つ一つの物語を伝えられれば、 理科の授業はもっともっと楽しくなるかもしれません。

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サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社

研究部上席研究員 田中 良和 博士