目指せ!宇宙で養鶏!~無重力ではニワトリの卵は育たない!?〜

目指せ!宇宙で養鶏!~無重力ではニワトリの卵は育たない!?〜
1992年9月12日は日本の宇宙開発にとって記念すべき日です。なぜなら、NASDA(宇宙開発事業団:当時)が威信を賭けて、日本として初めての宇宙飛行士、毛利衛さんを宇宙へスペースシャトルで宇宙へ飛び立たせた日だからです。このミッションは『ふわっと'92』と呼ばれ、この時初めて、日本が独自で宇宙環境を利用した実験を行いました。そんな毛利さんと共に宇宙へ飛び立ったのが、今回の主人公『ニワトリの卵』です。

ヒトとニワトリの関係

私たちヒトとニワトリのかかわりは非常に古く、5000年前あたりから中国やインドで家禽化されてきました。そこから少しずつ全世界に広がりました。日本では弥生時代前期ごろには農耕生活を行う上で共同生活が始まり、朝の目覚ましや家庭のタンパク質源として飼われていました。現在では肉や卵の食用はもちろんのこと、衣服や寝具として羽毛を利用するなど、私たちの生活に欠かせない生き物です。
そのような中で、肉や卵をとることを目的としたニワトリが品種改良によって生み出され、現在のニワトリは、1日1個、一生で300個近く生み続けることができるようになっています。
このような私たちの生活を支えているニワトリを宇宙空間で育てられることは、長期滞在型の宇宙ステーションにおける動物性タンパク質源の利用を考える上で重要になります。そこで、スペースシャトルが宇宙にいる7日間で、ニワトリの卵が正常な発生を行えるのか、孵化実験を行いました。宇宙環境がニワトリの発生の初期にどんな影響を与えるのかを調べることで、ニワトリを宇宙で育てる可能性を探るのです。

鶏の卵は重力に敏感

生き物は宇宙で誕生することができるのか?その答えを探るべく、これまでにも宇宙環境がもたらす動物の発生への影響を調べられてきました。すでに宇宙でメダカやカエルの卵の孵化実験は行われ、それぞれの卵は宇宙で孵化し、世代交代することが確認されていたのです。毛利さんの実験では、地上で産んでから0日、7日、10日の卵を無重力状態で7日と3時間孵卵し、その変化を調べました。その結果、0日齢(産卵日から0日経過)の卵は10卵中1卵しか孵化しなかったのです。7日齢、10日齢はほぼ全卵が正常に地上で孵化しました。いったいどうしてなのでしょうか。
詳しく調べてみると、これは、卵の中の白身と黄身の比重のわずかな差が原因でした。卵の白身は発生に必要な水分を供給し、黄身は胚に養分を供給します。地上の場合は、白身(比重1.040)と黄身(比重1.029)とで比重に差があり、その差によって重力の影響を受けて黄身が白身の上に浮かびます(左図)。すると、黄身の上部にある胚盤(分化して個体になる部分)が卵殻に付着します。ニワトリの卵において、卵殻は卵を保護するだけではなく、酸素やそこに含まれるカルシウムなどを供給する役割を持っています。卵殻に胚盤が付着することで胚膜の血管系などの形成を可能にするのです。しかし、無重力状態だと、黄身の部分が卵の中央に留まってしまいます(右図)。そうすると、胚盤と卵殻が結合できず、発生の初期で重要な栄養源を得ることができなくなってしまうようです。実際に宇宙で孵化させるためには、重力を意図的に与えるなどして動かさないとならないのです。ニワトリの卵の場合、メダカやカエルとは違って卵殻が発生において重要な役割を持っていること、重力の変化に対して卵の内部の動きが地上と異なることが、宇宙での成長を妨げてしまうのです。

宇宙での安心した生活を目指して

今回の実験から、ニワトリの卵が地球の重力(1G)に適した性質をもっており、無重力空間では初期の卵は孵化しないことがわかりました。このことは、私たちの生活がいかに地球の重力の影響を受けて生活をしているかを示す1つの事実を示しています。これは小さな結果ですが、将来私たちが宇宙で生活する上での新しい一歩であることは間違いありません。2009年には宇宙ステーションが完成し、定期的に宇宙飛行士が滞在し始めています。NASA(アメリカ航空宇宙局)は設立50周年である今年、2020年に月面基地を作ることを目標に動き出しました。私たち人間が『宇宙空間で暮らす』ことはもはや夢物語ではなくなりつつあるのですね。そうなったときも、宇宙や月で私たちがニワトリを育て、食べられるよう、宇宙での食の研究はこれからも続きます。
【参考文献】

鶏の歴史 有限会社 向台ポートリーWebページ
http://www.mukodai.com/niwatori/index.html
宇宙の不思議うそほんと 宇宙航空研究開発機構
https://iss.jaxa.jp/iss_faq/go_space/step_4_2.html
鶏胚の軟骨と骨の成長に及ぼす無重力の影響(L-7)FMPT,
我が国の宇宙実験-成果と教訓,P48,宇宙航空研究開発機構,2005
NASA(アメリカ航空宇宙局)
https://www.nasa.gov/

(文責:藤田大悟)