続々と登場する製品と技術でより活性化する多能性細胞研究

続々と登場する製品と技術でより活性化する多能性細胞研究

iPS細胞の樹立から7年以上経ち、培養、保存、観察など基礎となる環境が整ってきた。
産業界側からだけでなく、アカデミアの研究成果も反映した製品が次々と登場しているのが、ひとつの特徴だ。最新の発表も交えながら現状についてふれたい。

基礎研究成果の実用化が進む培養製品

多能性細胞向けの維持用培地ではKnockOut SR培地、KnockOut DMEM培地などの無血清培地が長年の実績を持つ。近年、ヒトの多能性細胞向けには臨床まで視野に入れた研究の方向性を反映して、フィーダーフリー、ゼノフリーの製品が様々なメーカーから発表されている。とくに、ここ数年はアカデミアでの研究成果を反映した培地が海外メーカーから数多く登場している。米国ウィスコンシン大学のJames Thomson教授らのグループの研究に基づいて開発された、STEMCELL Technologies社(日本では株式会社ベリタスが販売代理店)のmTeSR1やTeSR-E8、Life Technologies社のEssential 8を利用している方も多いのではないだろうか。Life Technologies社で製品化されている、フィーダーフリー培養用の組換え型ビトロネクチンのVTN-NもThomsonらの研究成果だ。

一方、国内では大阪大学関口清俊教授らが、ヒトラミニン511のE8断片の精製品がES細胞、iPS細胞のフィーダーフリー培養に利用できることを明らかにしている。この成果は株式会社ニッピによってiMatrix-511として製品化され、2013年6月から販売が始まっている。2013年6月に開かれたNEDOの「ヒト幹細胞産業応用促進基盤技術開発/ヒト幹細胞実用化に向けた評価基盤技術の開発」の分科会で、フィーダーフリー培地との相性についてVTN-Nとの比較が行なわれている(表1)。その中で、国内メーカーの培地HとE8断片の組合せでiPS細胞が極めて安定して維持されたと報告しており、早期の製品化が待たれる。さらに、2014年1月には京都大学、大阪大学、味の素株式会社が、共同研究でフィーダーフリーかつゼノフリーな培養系を確立したことをScientific Reportで発表しており 、分科会の報告との関連が気になるところだ。プロトコルはすでにCiRAでアップされており、トライアルの無償サンプル提供についても中川講師のHPで紹介されている。さらにStemFitと名付けられたこのゼノフリー培地を2016年度から販売予定であると、味の素が表明しており、正確な時期、価格の公表が待たれる。

保存方法の進展

保存方法は液体窒素を使って一気に凍らせるガラス化法、フリーザーでゆっくりと凍らせていく緩慢法のいずれかが採用されていると思われるが、ヒト多能性細胞に関してはそれぞれの方法にあわせた新しい試薬が発表されている。分化誘導を招く可能性が報告されているDMSOを含まないことがひとつの傾向としてあげられる。ガラス化法では、京都大学中辻憲夫教授、末盛博文准教授らの成果をリプロセルが製品化したES/iPS細胞用凍結保存液、福井大学寺田聡教授と株式会社セーレンが共同開発したシルクプロテインセリシンを含むセルリザーバーワン(ガラス化法用)などがある。後者は保存液を加えてから凍結までに許容される時間が従来の15秒程度から60秒まで延長可能になった点を大きな強みとして出している。

緩慢法では、理化学研究所神戸研究所発生・再生科学総合研究センターの芥照夫研究員と今泉啓太郎研究員らが、「CP-5E」と名付けた細胞凍結保存試薬を2014年2月12日付のPLOS ONEで報告している。ヒト多能性細胞凍結保存用に生存率の高い細胞解離試薬の最適化もはかり、その中で選ばれたPronase/EDTAとのセットになっていることも特徴だ。極東製薬工業株式会社と共同で国際特許出願をしており、今後の展開が期待される。

精度の高いイメージングで細胞の系譜を追う

分化誘導をかけ、細胞の形態を経時的に観察していく時のサポートツールも進化している。例えば、プラスチックディッシュに入れたままで、従来よりも鮮明なイメージング像を得られる顕微鏡レンズがオリンパス株式会社から新しく発売されている。同社の位相差対物レンズUCPLFLN20×PHは補正環の調整で、プラスチックディッシュの底の厚みの違いで生じる球面収差を補正し、S/N比の低い鮮明な像を実現する。さらに開口数を上げたことで明るく、高精細な蛍光像、位相差像の観察を可能にしている。毎回プラスチックディッシュからガラスディッシュに移して観察を行なっている人にとっては、余計なファクターを考えずに作業ができるようになるはずだ。

品質評価という再生医療を目指した時にはコアになる技術でも新たな動きがある。名古屋大学加藤竜司准教授と株式会社ニコンは、顕微鏡観察と画像解析だけで培養細胞を非破壊的に分析できる技術を開発した。熟練者の技だった目利きを簡単に実践できるようになることで、基礎研究、臨床応用の両方に貢献することが期待される。

次々と登場する技術が多能性細胞研究をより参入しやすい分野へと変容させ、広がったすそ野から新たな重大な発見が出てくる日が来るに違いない。

注目

多能性細胞研究を始めとした再生医療の基礎研究を応援するために、株式会社池田理化は第19回リバネス研究費池田理化賞を設置します。