生命のもとは、暗闇ででたらめに生まれた

生命のもとは、暗闇ででたらめに生まれた

1953年,化学者ユーリ・ミラーによって,フラスコ内でメタンとアンモニアなど無機物に放電を行うだけで,生命体に欠かせない有機物,アミノ酸が合成されることが示された。ここから,無機物から自然に有機物ができ,さらに細胞へと進化したという「化学進化」の考えが支持されるようになった。

原料は,宇宙空間のちりの上で合成された

ミラーの実験以降,化学者たちは原始地球の環境を推測して有機物を合成する反応を模索していた。「化学進化」に必要な化学反応はすべて地球上で起こると考えられていたのだ。1969年,オーストラリアのマーチソン村に落ちた隕石からアミノ酸や核酸塩基が検出されたことから,生命の原料は宇宙空間で合成され,隕石などにのって地球に運ばれていたというアイデアが生まれた。

生命の起源について研究する横浜国立大学の小林憲正さんが,宇宙空間での化学反応の場として注目しているのは,宇宙を望遠鏡で観察すると真っ暗に見える場所,暗黒星雲だ。周りよりも物質の濃度が高いため他の星の光がられて真っ黒にみえる。ここは温度が約−250〜−260℃と極めて低いため,暗黒星雲に無数に浮かぶちりの周りに水,一酸化炭素やアンモニアなど無機物の氷ができる。小林さんは,このちりの上で生命の原料が合成されることを示すため,窒素や一酸化炭素などでできた氷をつくってちりのモデルとし,宇宙空間を飛び交う放射線の代わりに加速器で発生させた高エネルギー陽子線を照射してみた。すると,無機物どうしがでたらめに結合反応を起こし,分子量2000以上の巨大な有機物が生成した。小林さんが「がらくた分子」と名づけたこの巨大な有機物こそ,生命の原料なのではないかと考えられている。がらくた分子をのせたちりや,ちりが集まってできた隕石や彗星がさまざまな惑星に落ちて,生命の材料を供給しているというのだ。

物質が生物になるための関門

地球上の生物はすべて,私たちの共通祖先であるひとつの細胞「コモノート」に由来する共通点を持っている。それは,外との境界となる膜,生体に必要な物質の合成や分解といった代謝を行うためのタンパク質,そして,自分で自分を複製するための核酸を持つことだ。つまり,外界と区切られ,代謝を行い,自己複製することが生命体の条件といえる。

宇宙から供給される生命の原料からコモノートに進化するための大きな関門は,単純な有機物がきちんと結合して,それぞれの機能を担うタンパク質や核酸をつくることだ。あるとき何かのきっかけできちんと機能する核酸としてのRNAができて自己増殖するようになり,コモノートへと進化したという「RNAワールド」説や,宇宙から届いた「がらくた分子」由来の不格好で効率の悪い物質を使って代謝や自己複製を行い,途中段階を踏みながらタンパク質や核酸を持つコモノートとなった,という「がらくたワールド」説がある。それらの証明のためには生物の途中段階,すなわち無生物とコモノートの間の生物を見つける必要がある。

無生物とコモノートの間の生物を探せ!

小林さんは,生命が誕生した化学反応の場と考えられている原始地球の海底の環境を研究室で再現し,そこにがらくた分子を投入してどのような構造体が生まれるか,また,その構造物が代謝反応を起こせるかを調べている。現在,がらくた分子がさらに集まり大きくなった構造物をつくり出すことには成功したが,生命体の条件である代謝反応や自己複製反応を起こせる構造体の生成はこれからだ。成功すれば,それは誰も見たことのない初期の生命体である可能性が高い。

途中段階の生物のもうひとつの探し方は、原始地球に似た別の惑星での生命体探査だ。がらくた分子や初期の生命体は,地球上では生物のエサになってしまい存在できないが,別の星でなら見つかる可能性がある。「地球外に生命がいるかどうかという話と生命がどうやって誕生したかという話は,裏表にあるのです」。近い将来,実験室での物質から合成されるかもしれない生命の姿は,私たちの祖先の姿だけでなく,どこかに存在する地球外生命体の姿をも映し出しているかもしれない。

取材協力:横浜国立大学 工学部 物質工学科 教授 小林 憲正 さん

(文・山波 愛)