あなたの足元の微生物が 不治の病を治す!? 〜2億人を失明から守った薬〜
私たちが飲む薬の中には,微生物からつくられているものがあることを知っていますか。抗生物質といえば,聞いたことがある人も多いはず。今から90年ほど前にアオカビから発見されたペニシリンが,世界で最初の抗生物質です。それを皮切りに,抗生物質を生み出す微生物を探す研究が世界中に広がった結果,細菌や真菌に対するさまざまな抗生物質が見つかり,それらが医療に使われるまでに至りました。1981年に発見,開発された「イベルメクチン」もその中のひとつで,この成分をつくる微生物を発見したのが,北里大学特別栄誉教授大村智博士,2015年のノーベル生理学・医学賞受賞者です。
発見された当初,イベルメクチンは家畜に寄生する線虫を退治する抗寄生虫薬として効果を発揮しました。その後,アフリカや中南米の熱帯地域に住む人に広がっていた「オンコセルカ症」を引き起こす線虫にも有効であることがわかったのです。線虫は,昆虫のブユにんでいて,ブユが人を刺すことで体内に侵入し,1年かけて育った成虫はさらに幼虫を放出します。ウヨウヨとからだ中を移動する幼虫は想像するだけで気持ちが悪いですが,もっと恐ろしいのはそれが死んだ後。全身にまわった死骸は激しいかゆみを引き起こします。眼に侵入した幼虫の死骸で失明に至れば,視力が戻ることはありません。
このおそろしい病気を治療したのは,なんと静岡県の土から発見された微生物がつくる抗生物質でした。効き目もさることながら,年1回飲めばいい手軽さと,医師でなくても配布できる安全性が,医療の充実していない土地に広がるオンコセルカ症患者に効果を発揮しました。病に苦しむ数千万人の患者にとってこれほど救われる薬はなかったでしょう。
大村博士が発見した化学物質は471個,そのうち26個もの物質が薬となり多くの人を救っています。その中でもイベルメクチンは,熱帯地域に住む2億人を感染と失明のリスクから守った画期的な薬だったのです。人類を平和へ導いた大村博士は,その功績をたたえられノーベル賞を受賞することとなりました。熱帯地域に住む人々の笑顔に囲まれる未来を夢みた結果、創薬の研究をすすめるための強い意志が生まれ、偉大な発見につながったのではないでしょうか。
土1gの中には,微生物が数十億個存在し,その中には誰も知らない新種がまだまだたくさんいるといわれています。地球上のどこでも,あなたの足元にいる微生物が,未知の成分を隠し持って発見のときを待っているかもしれません。
(文・吉澤 紫津葉)